その1 観測者たち
問題の「活動性の高い黒点」が、太陽の自転によってまたこの地球からの視野角に入ってきた。
私はかねて準備の通り、送電鉄塔工事の中断を指示する。部下たちには、街での受変電工事の支援にも回ってもらうのだ。ハロック、後は頼んだわよ。
船を飛ばして、オタルナイでカズラを拾った。
カズラの治療院では、昔の恋人ライラが健康を取り戻して彼の元に帰り、妻で薬師の獣人族ミルカと共に仲良く働いていた。魔族のライラは、もともと優秀な治療術師だ。今はカズラの指導を受けて、人族に効果的な光属性を練習中だと言う。そのライラがいれば、治療院はカズラが留守でもなんとかなるらしい。
次はワタルの住むウスケシの街を目指す。
操縦席でタローがまとめた報告書を画面に出して見直していたら、カズラ兄がベッドに腰かけて何やら怪訝な顔でこちらを見ている。
気付かれたかしら? まさか?
実は、ハロックと結ばれてからの一週間というもの、私たちは毎夜そのベッドで愛を交わしていたのだ。初回のように戸惑うこともない、二人はあの行為にも慣れて、お互いの喜びを高める術を見出しつつあった。この世の中に、こんなにいいものがあったのか。覚えたての二人は夢中だった。
でも掃除とシーツの洗濯は自動機械がやってくれているし、痕跡は残っていないはずよね。
「どうかした? カズラ?」思い切って、そう尋ねてみた。
「うん、何だか変な感じだ。甘い匂いがすると言うのか、、、」
私は、またドキリとした。昨日の夜なんて、二人とも汗まみれになって、激しく求め合ったのだ。二人の体臭? ハロックによれば、行為で高まった私の身体からは、芳香がするらしいもの。年頃の女の生理活性物質ってやつかしら。いいえ、そんな空気中の微粒子だって、この船の浄化装置が綺麗にしてくれているはず。
カズラ兄は、じっと私を見る。私は顔が赤くなる気がした。
「いいや、この船のせいじゃないな。お前が変わったんだ。」ニヘラと笑う。
「生き生きとして、そして俺が言うのもなんだが、その、妙に色っぽい気がするぞ。さては、男ができたな!」
見抜かれたか! まったく、この二ヶ月だけ年上のカズラ兄には敵わない。
魔素量が四人の中で一番少ないカズラ兄、でも私たちと同じ賢者の父様の子なのだ。器用に光と闇の波動を操るし、のんびりして見えて勘が鋭いところがある。観察眼があるのだ、お医者だから当然だわね。
私が無言でいると、カズラ兄がタローに話しかけた。「タロー、何か情報を持っていないのか?」
「個人的案件につき、発言を控えよう。」タロー、有難う。
でも、もう隠しておけないわね。そして別に悪いことじゃないもの。私は打ち明ける決心をした。「将来の夫を見つけたわ、魔族で電気技術者よ。」
「そうか、お前が惚れたとなると、きっと強くて賢い男なんだろうな。」
「うん、腕は互角ね。でも婚姻試合では、彼に負けたわ。」
「なんと、カミラを負かしたと! これは驚いたな。でも良かったじゃないか、強くて、才女で、美しすぎるお前には、男が寄り付かないんじゃないかと、俺とワタルは心配していたのだぞ。」
俺とワタルって、じゃあカークは心配してくれてなかったのね。自分は各地に現地妻を置いときながら、モテ男の脳筋カークめ。
カズラ兄もライラを二人目の妻とするらしい。ワタルだって婚約者のアカネがいて、あの可愛いマイカちゃんが次の妻の座を狙っている。三人とも父様に似て、妻が一人では済まなかったようね。
私も、生涯の相手を見つけた。女の私には、男はハロック一人で十分だわ。マーコット姉さんみたいな逆ハー女王には、なれそうにない。私は、恋も仕事も忙しいの。
この太陽観測が済んだら、ハロックを父様と三人の母様に紹介しよう。皆きっと祝福してくれることだろう。それまで、地球が無事だと良いけど、、、
◇ ◇ ◇
ウスケシの街で、今度はワタルとマイカちゃんを乗せた。
「タロー、父様に繋いでくれる?」すると、操縦室の画面にジロー父様と三人の母様の姿が映し出された。
代表してカズラ兄が話す。「オヤジ、四人揃った。行ってくるよ。」これから、この船の指揮官はカズラ兄貴だ。
「ああ、宇宙から詳しく観察してくれ。危ないと思ったら、大気の底か、海の底に逃れるのだぞ。」
あのねぇ、父様。そんな巨大なのが届いたら、この地球そのものがタダでは済まないんだってば!
船は上昇を開始した。あらかじめ決めておいた外気圏の観測位置。
少なくとも数日は、ここで太陽黒点の観測を続けることになる。ハロックの事なんて、考えていられないわね、と私は自分に言い聞かせた。
だけど、それが無理であることを、私自身が良く分かっていた。
(続く)




