その3 二人の初夜
「勝負あった、カミラの勝ちだ!」ヤクサが大声で宣言した。
まったく、あいつ! どこ見てるの?
私は、ハロックに走り寄って、胸の傷を確かめる。出血はあるが、深く刺さってはいない。彼の黒装束には、鎖帷子が縫い込まれていたのだ。
彼の厚い胸板に、私の槍の穂先が突き刺さって血が流れている。だが着込んだ鎖帷子が、それ以上の刃先の突入を防いだのだ。
私は、彼の黒装束を脱がせると、傷口から流れる血を舌で舐め取った。まずは傷口をきれいにすることだ。舌に感じた彼の血の味が、私の身体に熱く沁み渡った。
傷口に両手を添えて、闇属性の傷の修復魔法を発動する。上手くいった、血が止まり、傷口には肉が盛り上がって、徐々に塞がっていく。
「ああ、有難う。そんなにまでしてくれて、」ハロックが頬を赤らめた。
「私の負けだ。私を妻とするがいい。」私は承諾の言葉を吐いていた。
獣人族の夫婦が互いの傷を舐めて癒す。これは何よりも確かな、夫婦の生業であり、絆なのだった。
◇ ◇ ◇
「私の槍の突きと、ハロックが放った火魔法の弾着は同時だった。彼が私を庇って自動追尾の魔法を解き、私を被弾から救ったのだ。自分の胸に迫る槍の穂先よりも、私の安全を選んでくれた。私の負けだ。」
身をもって男の矜持を示されたのだ、私は認めざるを得なかった。ヤクサは状況を理解して、改めてハロックの勝利を宣言しなおした。ウオオーと、周囲で歓声が巻き起こった。
私は立ち上がる。「どうした、私を抱き締めるのではなかったのか?」
ハロックもよろよろと立ち上がった、そしてあの素晴らしく晴れやかな笑顔を見せた。
「そうだったな、それでは、」そう言って、私を抱き寄せる。ぎゅっと強く抱き締められて、私にはその力が堪らなく心地よかった。
◇ ◇ ◇
その夜、私たち二人は搭載艇の中で夜を過ごすことにした。工事現場には仮設の宿舎があり、私には個室も用意されているのだが、まあ音は筒抜けに近い。流石に、そこでは憚られるというものだ。
船を呼び寄せる。二人で乗り込んで、タローに頼んで上空に浮かんでもらった。
「タロー、今夜は外してちょうだいね。」
「了解した、良い夜を。」タローの眼、操縦室の壁のカメラのあかりが消えて、室内に聞こえていたタローの声が沈黙し、船の中は物音ひとつしなくなる。
私が生まれた時から、周りのどこにでもタローがいた。呼べば、すぐに返事をしてくれ、なんでもやってくれる空気のような存在。だから、タローになら見られていても気にならない。でも、今夜は二人だけになりたかった。
初めて船内に入ったハロックは、周囲を見渡している。「これが、宇宙にも出られるという船か。カミラ様の父上が、この船でこの星に降りてきたのだな。」
「正確には、別な船ね。この船は二つあるの。そして、これは搭載艇、つまり母船に積まれた舟艇なのよ。宇宙を渡れる母船は、もっともっと大きいの。」
なおもキョロキョロと周りを見渡すハロックに、私はそろそろ呆れ始める。この人も好奇心旺盛な理系だもんね。
「船なら後から、じっくり見るといいわ。何なら宇宙にも出てあげるけど、」そう言って私は彼にもたれかかる。「私の宇宙を、見たくはないの?」
そうしたら突然、ベッドに抱き倒された。熱い吐息が、私の頬にかかる。
「カミラ様、俺は初めて女を抱く。やり方がよく分からんが、下手でも許して欲しい。」
「えっ、そうなの?」思わず素っ頓狂な声が出た。「やだな、私だって初めてだよ。」何だ、処女と童貞だったのね。
「とりあえず、服を脱ぎましょ!」二人で裸になって、抱き合ってみた。彼の逞しい胸に、私の小振りな乳房がヒタと押し付けられる。彼の香ばしくてスベスベの肌が、とても新鮮な感触だった。
その後の一時間余り、私たちは何とか結ばれようと悪戦苦闘した。そしてお互いに生き物としての本能に従って、そのうちに然るべき結果に落ち着いたのだ。
「カミラ様、暖かい。」
「ハロックと一つになれて、幸せ。」私たちは、互いの耳元でぎこちなく愛の言葉を囁き合う。そのうちに、私の中に彼の熱い脈動が感じられた。これが交わるということなのね、私も父様と母様のこの営みから産まれたのだわ。そう考えたら、何だか涙が出た。
いくら時代が過ぎても、父様の母星から科学技術が得られても、この夫婦の営みは変わらない。生き物は、この交わりから始まるのだわ。
ことが終わって、私はハロックの厚い胸板に頭をあずける。「このまま、あなたの胸を枕にして寝てもいい?」
「ああ、構わない。」ハロックは、私の体に優しく腕を回してくれた。とてつもない安心感の中で、私は眠りに落ちていった。
◇ ◇ ◇
今、カミラ様が俺の胸で眠っている。クークーと、この人にしては可愛らしい寝息を立てている。産毛が生えた猫耳の先っぽが、俺の顎をくすぐった。
スルスル、チクチクと手触りの良い毛皮に包まれて、その下にある筋肉のコリコリとして張りのある触感が素晴らしい抱き心地だ。
ああ、ついに俺は、理想の伴侶を手に入れた。この人を、きっと幸せにしよう。常に最大限の愛を捧げよう。二人で学び合い、これから一緒に人生を歩んでいくのだ。
そして、子供も欲しい。これまでの戦いの日々が去り、これからは社会を変える科学技術の時代が来る。この人と、そして俺たちの子供と共に、その新しい時代を築くのだ。
愛しい人を胸に眠らせながら、俺は未来への希望に燃えていた。
(カミラ編 了)




