その3 幽体離脱
魔動機が着陸できる場所があって良かった。ここは郊外の一軒家なので、周囲には空き地が多いのだ。
俺たちは、魔動機を降りると、急いでその家に駆け込んだ。
家では、例の姉御が待っていた。そして、俺の顔を見て驚く。やっぱりね。ゾットが、事情をいろいろと説明した。
「何とまあ、凄腕の治療士先生とやらが、あのお兄さんだったとはねぇ。」
「そして姫様、この方のお父上は、賢者ジロー様なのですぞ。」
姉御は、ゾットを怖い目で睨みつけた。「その姫様ってのは、言わない約束だよっ!」
そして俺の方に向き直って、「じゃあ、ひょっとしてお兄さんは、クレアの子なのかい?」と聞いてきた。
「私の母をご存知でしたか?」
「ご存知も何も、私の姪に当たるのさ。て~ことは、あんた。角は無いけど、魔族と人族の混血かい。あのクレアの息子か、道理で魔力が強いわけだよ。」
ええっ、姪だって? 自分の兄弟姉妹が産んだ女子だよな、て~ことはこの姉御って、俺の爺ちゃん婆ちゃんの姉妹なの? そ~言えば、あの綺麗で優しい婆ちゃんには、妹が沢山いるって聞いたけど、、、
「まあ、それは後で話すとして。兄ちゃん、いや先生。その強い魔力で、私の娘を看ておくれよ。」姉御はそう言うと、手を掴んで隣の部屋に俺を引っ張り込んだ。
部屋のベッドには、小さな女の子が寝ていた。間違いない、あの時に霞のように現れた女の子だ。角までは見えなかったけど、この子も魔族だったのか。
◇ ◇ ◇
俺は、女の子の手を取った。冷たい手だ、血の巡りが悪いのだ。
その子の両手を取って、俺の右手から光の波動を、左手から闇の波動を静かに流してみる。これは、賢者にしかできない魔力操作だ。だが波動が巡ってこない、この子の体の中に吸収されてしまったようだ。
うん? もしや? 俺は、魔素をほんの少しだけ渡してみる。魔素譲渡だ。すると、魔素はたちまち吸われてしまい、この子の中にポッと火が灯った。
これは、魔素が枯渇しているのだ。ならば対処は簡単、魔素を充填してやればいい。
だが、相手は子供とは言え女の子だ。俺みたいなオジサンの魔素を渡すのは、おおいに気が引ける。清らかなものを、汚す行為だよな。となれば仕方がないか。
俺は医療かばんを開けると、魔素飲料を一本取り出した。
「金貨一枚だ、使っていいか? そこらで売っている相場だと思うが、」姉御に尋ねる。
「良心的な価格だと思うぜ、姉御。」ゾットが、そう言ってくれた。確かに金貨一枚は高額だ、一般的な家族が贅沢しなければ半年は暮らしていけるのだ。
本当は、この姉御に魔素譲渡できる技量があればいいのだ。だがしかし、この技は賢者とまでは言わないが、かなり高度な魔力操作を要する。出来るのは、俺の知る限り母のクレアと婆ちゃん、そしてオヤジと俺の三人の妹たちぐらいのものだろう。
姉御がウンと頷いた。
俺は、魔素飲料の栓を抜くと、女の子の色褪せた唇に当てた。そーっと流し込む。少しずつ、少しずつ、口に含ませていく。
何滴か落としたところで、女の子はうっすらと目を開けた。青白かった頬と唇にも、少し血の気が戻ったようだ。
「お母様。」小さな声でそう呟いた女の子の頬を、姉御が優しく撫ぜた。
「よかった、マイカ。」姉御は、涙を流していた。
「お嬢様~。」その後ろで、ゾットが号泣していた。
◇ ◇ ◇
辛うじて意識を取り戻したマイカに、俺は残りの魔素飲料を全部飲み干すように指示した。
マイカはこっくりと頷くと、小さな喉をコクコクと動かして飲み終えて、すぐにまた寝入ってしまった。
「これで目覚めたら、大丈夫なはずだ。念の為、朝まで様子を見ていることにしよう。」ボットをマイカの枕元に待機させると、子供部屋を暗くして俺たち三人は居間に戻ってきた。
「かなり深刻な魔素の枯渇だった。魔族は魔素が無くても生存可能なはずだが、あの子は随分と魔素に依存しているンだな。」
「あの子、昔からそうなの。それに、、、」姉御は唇をかみしめた。
「あの時、マイカは幽体離脱して私と一緒だったの。あの子、体が弱くて外に出られないから、私が外出するときはいつも一緒なのよ。」
幽体離脱って、凄いな、それ。そんな事ができるの?
「幽体として抜け出すときに少し魔力を使うだけで、体から離れてしまえば魔力は消費しないみたいね。だけど、幽体を具象化するためには、沢山の魔力を使うって言ってた。」
「具象化ってのは、つまりあの霞みたいな状態を言うのか。」
「そう、あの子は、私がお兄ちゃんと戦おうとした時に、私のために無理やり具象化して魔素を使い切ったのよ。」
「あの子、命がけで私を止めてくれたんだわ。」姉御は泣き崩れるのだった。(続く)