その3 極光
「今まで気にしたこともなかったけれど、あなたたち飛竜はどうやって目的地を定めるの?」目視で飛びはじめたビボウ、その背から尋ねてみた。
「私たちはね、体で方角が判るのよ。だからいつもは目で見て『あそこに行こう』なんて考えないの。」
「ふーん、そうなんだ。」初耳だった。
「人間の感覚で言えば、南が上で、北が下ってことかしらね。そしてその強さにも濃淡があるの。例えば下の濃い方に向かって右に飛べば、東なの。分かるかしら?」
ふーん、渡り鳥なんかと同じ、きっと地磁気を感じて経路誘導する感覚器を持っているんだわ。
◇ ◇ ◇
今日の現場が見えてきた。山中に送電鉄塔を建てている、その真下にビボウは優雅に着陸した。
周りが慌しい、飛竜から降りた私を出迎えたのは、弟のヤクサだった。「姉貴、事故が起きた。飛竜が感電した。」
「感電ですって? まだ送電していないはずよね!」
すぐ近くに、力なくとぐろを巻いた飛竜が一匹。その飛竜に駆け寄った。
「大丈夫だった? 何が起きたの?」
「おお、カミラ技師長、済まん! 私が不注意だったのだ。」そう謝る飛竜は、仲間から回復魔法の波動を浴びせられていた。
この鉄塔は高さが50mほどある、あそこから落ちて無事なのは流石に飛竜だ。獣人の技師が乗っていなかったのは幸いだ。
胴体の鱗を焦がした、その飛竜が言う。「鉄塔に張られた送電線が、なにか唸りを上げているようでな。近寄った時に、胴体が触れてしまったのだ。」
恐らく、大きな飛竜の体が絶縁されている送電線と鉄塔に同時に触れたのだ。飛竜の体によって短絡した電流が、地面に流れたのだろう。
「昨夜は空が青く燃えていた、あの不吉な光を見たせいか、今日は我ながら飛行がぎこちない気がしていたのだ。」
「空が燃えたって、何のこと?」すると私の問いに答えたのは、弟のヤクサだ。
「極光だよ、俺も初めてみたけど綺麗だったぜ。」
「こんな低緯度で極光ですって? そして青かったのね。」信じられない話だったが、物理を学んだ私の頭の中では、理解が組み上がり始めた。化学専攻のヤクサには、判らないかもしれない。
昨夜、私はウスケシにいた。ここよりは緯度が低いから、見えなかったのだろう。太陽風が吹いたのだ。いや、太陽から噴き出された高密度のコロナ質量放出に、この星の軌道が重なったと言った方が正確だ。
荷電粒子の風がこの星の磁力線の狭間に流れ込んで、大気の分子を励起した。しかも青かったと言うから、エネルギーも高かったはず。この星の磁力線も乱されただろう、ビボウが方角を見失い、感電した飛竜の飛び方がぎこちなかったのも、そのせいだ。
そして、通電されていない送電線にも、地磁気の変化によって誘導電流が流れたのだ。そう言えば、二日前には例の通信障害があった。このところ周期的にやってくる電波の攪乱。あの時に太陽から放たれた太陽風が、きっと悪さをしたに違いない。
接地の方法を考えなくっちゃ、そして根本的な対策も必要だわ。
現場事務所にある小型ボットに走った。「タロー、全ての送電工事の現場に伝達! 今日の工事は中止よ、そして送電線には絶対に触れないこと!」
工事現場には、連絡用の小型ボットが必ず一機置かれている。その全てがタローに繋がっているから、必要ならば一斉放送ができる。二日前の通信障害も、今は収まっていた。
「全てのボットから、通達を完了した。」タローの冷静な声が返ってくる。
「次は緊急会議よ! タローと父様に相談したいことがあるの。参加できるすべての現場の技師にも聞いて欲しい、カズラとカークとワタルは必須、それにアカネとアバパールさんも出来れば参加をお願いして!」
十五分ほどで、要請したメンバーがボット会議に集結した。弟のカークは商隊の護衛中だったが、馬車を牽く中型ボットに歩調を合わせて、ボット表面に映し出された画面を見る形で参加してくれた。
まずは、私から先ほどの考えを話した。
父ジローとカズラ、そしてカークは、今一つ理解が進んでいない様子だが、タローとワタル、アカネを始めとして数人の電気技師たちは事態を深刻に受け止めたようだった。
(続く)




