その2 予兆
「さあ野郎ども、いよいよ初仕事だ。乗っとくれ!」姉さんの号令で、魔動機には姉さんの右腕ゾットが率いて十名ほどがゾロゾロと乗り込んだ。
ゾットを含めて魔族は五人、昔から姉さんを慕って付いてきたという元使用人たち。残りの数名は獣人族と人族、彼らは声をかければ集まると聞いた準メンバーの一部らしい。
発電するハルウシ、これを受け取るサホロ、そして二つの街を繋いで最短距離で山々を跨ぐ、沢山の送電鉄塔。各地の現場までは距離があるので、飛竜に乗っていては時間がかかり過ぎる。悩むカミラに、ワタルが船を貸したのだった。彼が父ジローから託されている探査母船の舟艇で、この星に二隻あるうちの一つだ。
サホロから一番距離の離れたウスケシに治療院を開いた息子ワタルのために、父がこの船の使用を許した。この船は確かに早く飛ぶ、しかし操縦室は狭い。五人乗れば満員で、後部のボット格納庫を改造することで収容人数は増やせたものの、今この空間は図体の大きな飛竜が、つまりカミラの相棒ビボウがとぐろを巻いていた。
だから、大人数を乗せるには魔動機だ。魔人が二十名乗れたと言うが、人間には少し窮屈だ。まあ定員十名と言ったところか。それでも、この輸送力と機動力は大いに助かる。乗り込む彼らを見て、カミラはそう思っていた。
もう一機の魔動機が用意されていた。魔人の遺産たる魔動機は、まだまだ残機がある。この星の各地に発見された魔人の里には、それぞれ数多くの魔動機が眠っていたからだ。
二機目の魔動機に乗り込むのは、あのヌラーラが率いる五名の魔族、そしてその補助を担う人族だった。
そう、かの紫色の角を持つ暗躍集団も、転職していたのだ。ヤゴチェ市長に関わる色恋沙汰で、険悪だったマーコット姉さんとヌラーラ。しかし、そのヌラーラが姉さんの軍門に下り、協力して電気工事の仕事に踏み出した時には、ワタルも驚いたものだ。
「あの二人、まさか共闘するとはねぇ。」二機の魔動機を見ながら、ワタルが呟く。
「あらお兄い、賢い女は現実的よ。目の前にある実を取るの、いがみ合っていてもお腹は膨れないもの。」その傍で、ワタルに笑いかけるサホだった。
「あの紫色の角の集団、なかなか筋がいいわ。」サホは、ヌラーラ配下の者たちをカミラの指示のもとで教育中だ。カミラに呼ばれて、最近はサホも駆り出されることが多い。
「私も土魔法は得意だわ、カミラ姉さんにも重宝されているんだから。この間なんか、電気技師にならないかって口説かれたもの。」
「ええっ! だめだぞ。サホはこの治療院に必要だ。」
「あら、マイカちゃんがいるじゃない。あの娘の回復魔法は、もう私に匹敵するほどよ。夫婦で仲良く治療院をやったらいいじゃない、私は身を引くわ。」
「お前ねぇ、俺にはアカネがいるんだってば。」
「あーら、アカネさんは今後ますます忙しいわ。ずっと製鉄所に寝泊まりしてるって言うじゃない。お兄いと一緒に暮らせるのは、まだまだずっと先だわよ。」
確かにな、とワタルも思う。のめり込みが激しい理系女子のアカネは、目の前に現れた金属関連の仕事に、今 夢中だ。こうなったら、俺なんか眼中に無い。このウスケシの街に呼んで一緒に暮らせるのは、果たして何年先になるのやらだ。
「じゃあ、私も行くわね。大丈夫よ、ちゃんと治療院には戻るから。」今回もカミラに乞われて、サホは船に乗りヌラーラの配下を指導することになっている。あの紫色の角を持つ魔族たちも、まだまだ土魔法の修練が欠かせないらしい。だから船の操縦室には、カミラにサホ、マーコット姉さんにヌラーラが乗る。
野性的な美しさを持つカミラに、クレア母様の美貌を受け継ぐサホ。そのサホとも血が繋がった危険な美魔女マーコット姉さん、そしてあの妖艶なヌラーラか。それぞれが異なる美しさを持つ賢い女たち。考えてみれば、操縦室に男が乗り込む余地がないのは確かだな。見送るワタルは、そんな事を考えていた。
◇ ◇ ◇
サホロに到着した船から、カミラとビボウが降りてきた。今日の現場は、ここから飛竜で一飛びだ。
「ビボウ、今日もお願いね。」跨ったカミラが、飛竜の頭をスリスリと撫ぜた。
「任せて! 送電鉄塔の建設も終盤ね。」ハルウシから送電線を繋ぐ鉄塔も、サホロまであと少し。今日の作業を終えれば、明日にはサホロの変電所まで送電線を繋げる目処が立つだろう。
飛竜は魔力でふわりと浮き上がる、そして旋回すると方角を決めて飛び始めた。しばらくしてカミラの戸惑う声、「ビボウ、違うところに向かっているわ。」
「えっ!」ゆっくりと飛竜は空中で停止した。
「今日の工事は、ほら! あの山の向こうよ。」
「あら、確かにそうね。私は北に向かっていたつもりだったのだけど、」ビボウは、空中で何度か旋回を繰り返した。そして叫ぶ。「変だわ、私 方角が判らない! こんなことは初めてよ!」
「とりあえず目視で飛びましょう! あの山に向かうわ。」冷静に指図をしながらも、信頼する年上の相棒が初めて見せる慌てぶりに、カミラは胸騒ぎを感じていた。
(続く)




