その4 襲撃のゲラント
それは、突然の襲撃だった。
見学者席の後方から、雷魔法が放たれたのだ。
その雷は、壁をスクリーンにして映像を投射していた中型ボットを直撃する。発言者席の真ん中に浮かんでいたボットは、バチバチと火花に包まれると、ゴトリと大きな音を立てて講堂の床に落ちて転がる。同時に、会場に響き渡っていたタローの声も、ぷつりと途切れた。ボットは機能を停止したのだ。
何事が起きたのか! 講堂は静まり返り、次には悲鳴と怒号が渦巻いた。
一番に行動したのは、ワタルだった。
振り返って彼の座る後ろ側 傍聴席にいた襲撃者を見極めると、彼は自分の手前に白く輝く魔法障壁を広く展開した。
彼ら傍聴席と、その後ろに座る発言者席を守る形となる。賢者ならではの素早さ、そして見事なまでの障壁の強度だった。
彼は見抜いていた、あの雷魔法の飛翔速度を。
尋常の速さではない。以前、クレア母様に見せてもらった奥義「闇推進」を以てして、初めて出せるものだ。
あの奥義をこなせる人物を、二人しか知らない。産みの親のクレア母様、そしてもう一人はその母に伝授した皇太后様だ。だが、まだいたのだ。あの奥義を使える者が。
この場には、ワタルも含めて魔術に優れた人物が複数いる。例えば、隣の席の魔族オーレス王弟であり、発言者席には護国卿クリム様、あの謎の存在 市長の愛人ヌラーラだって相当な魔法の腕前だ。
だが、この「闇推進」で加速された魔法攻撃を、確実に避けられる者はいないだろう。しかも、この場には魔法に縁のない人族も多いのだ。
そう、彼の婚約者 大切な人族のアカネが出席している。
そのほかにも人族で漁師の代表アバパールやケント親方、商人のヨアキム当主やカエデ当主も、あんな魔法攻撃を避ける術がない。魔族とは違って、魔法耐性のない彼らのことだ。直撃すれば、即死する可能性だってある。だからワタルは、咄嗟に守りの障壁を張ることを選んだのだ。
見学者席にいた者たちは、我先にと出口に殺到して講堂から逃げ出した。魔法で対抗できるはずの魔王国の貴族も近くに座っていたはずだが、皆 蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。残るは、不敵な笑いを浮かべる魔族の男が一人。こいつが襲撃者だ。
障壁を張るのではなく、こちら側から攻撃魔法を畳み掛ければ、すぐにも圧倒できるだろう。但し、犠牲を厭わなければ、の話だ。
これだけ広範囲に強固な魔法障壁を張ってしまえば、こちら側からも魔法攻撃が通過できない。襲撃者の男一人に対して、発言者席と傍聴席にいた十数名、そして二匹の飛竜は睨み合う形となった。
◇ ◇ ◇
「俺が相手をしよう、見覚えのある奴だ。」そう言って障壁を維持するワタルの横に並んだのは、カークだった。
「カズラ兄貴、俺の剣に光の波動を流してくれないか?」そう言って、カークは背負った両手持ちの大剣をカズラに手渡す。
「そうか、今 光属性を扱えるのは俺だけか。」ワタルは、魔法障壁の維持で手が離せない。カズラはその剣を受け取ると、柄を握る手に魔力を込めた。刀身が、みるみる白く輝き始める。
「私には、これが精一杯だ。お前の闇属性の強さまで、満たすことはできないぞ。」
カークは、その輝く大剣を受け取ると「ほう、これが光属性か。この剣に乗せるのは初めてだが、馴染まぬこともない。」剣をブンと振って見せる。
「なーに、これで十分だ。速度を殺せれば、あれ如き魔法に遅れはとらん。」ワタルが障壁の一部を緩めると、ズイと踏み出して襲撃者に対峙した。
ワタルが看破した「闇推進」を、この二人の兄も同時に理解していたのだ。父ジローから何度か聞かされた、クレア母様との出会いと死闘。
闇推進は、光の波動で対消滅させることができる。父ジローはそれを利用して相手の魔法攻撃の威力を殺し、未熟だった若き魔導士クレア母様を、なんとか圧倒することができたのだ。
光属性が扱えないカークとしては、兄のカズラに自らの大剣を光の波動で励起してもらったというわけだ。これで敵の闇推進を無効にできる。
「また会ったな、高名なる呪術士ゲラント殿。」カークは、白く輝く大剣をピタリと襲撃者に向けた。
「ほう、俺の名前を知っているか。」驚いた顔をして見せる襲撃者だ。
「闇の魔法も達者なようだが、もはや俺には通用しないと思え!」輝く大剣を、大きく振りかぶった。
「サホロ騎士団竜騎士長カーク、参る!」
(続く)




