その2 姉御の右腕
肝臓のほかに、野菜も焼いて食べることにする。イノシシの肝臓はビタミンAがとても豊富だ。ビタミンAの過剰症も起こりえるほどだが、量を摂り過ぎなければ心配いらない。しかし、肉ばかり食べるのも良くないからな。
魔族は、食事に頓着しない傾向がある。食べたいものを食べたいだけ食べるのが流儀なのだ。しかし、俺の三人の母のうちの一人、治療院長を務めるサナエ母は薬師で、食べ物の栄養素にうるさかった。俺も、しっかりと食品栄養学を仕込まれた口だ。
俺の父は人族、そして産みの母は魔族。俺は人族と魔族の混血だ。
生れたばかりの頃は、俺にも小さな角があったらしい。しかし、大きくなるにつれて、角はいつしか消えてしまった。幼少時分に預けられていた魔族の祖父母が、角が無くなったことで大いに落胆したらしい。後で聞いた話だが、、、
◇ ◇ ◇
少し酔いが回って、さ~て寝ようかと思ったところに、部屋をノックする音がした。この治療院の住み込みスタッフの一人が、扉の外から声をかけてくる。
「ワタル先生、急患だそうです。」
今日の昼間はこの治療院を部下に任せていたので、定時で彼らを帰してしまい、当直を置かなかった。いや、つまり俺が当直と言うことだ。酒を飲むべきではなかったなと反省しながら、俺は「今、行くよ。」と声をかけた。
一階にある診療受け付けに降りていくと、そこには男が一人待っていた。夜道を急いできたらしい、かなり息を切らしている。患者の姿は見当たらない。通院できないほどの状態と言うことか。
男は俺を見て、安心したようだったが、次の瞬間 怪訝な顔をした。そして、俺も気がついたさ。こいつは、例の姉御と一緒にいた奴らの一人だよな。
男は驚いた顔で、「あんたは昼間の、」そこまで言って口ごもる。
こんな事もあるものか。偶然とはいえ、俺も驚いたぞ。
とりあえず「患者は遠いのか?」と聞いてみた。
男は、ガバと顔を上げた。「看てくれるのか?」半信半疑の様子だな。
「ああ、あの姉御とやらが手打ちと言ったンだ。だから済んだことだ。それに、俺は医者だからな。患者がいるなら放ってはおけない。」
「そうか、あんたイイ奴だな。感謝する、この通りだ。」男は深々と頭を下げて見せる。
ふーん、こいつは俺にチョッカイをかけてきたあの半端者とは違って、少しは話の分かる奴みたいだな。
「患者は何処にいるんだ。」俺は質問を重ねた。
「この街の反対側、東門の近くの家だ。」と答えが返ってきた。
東門か、遠いな。では魔動機で出るか。診療受け付けに置いてある銀色のボットに声をかけた。「タロー、往診する。操縦を頼むよ。」
「了解した。」ボットは、そう答えるとふわりと浮き上がった。
◇ ◇ ◇
治療院の裏手にある中庭、ここに魔動機が置いてある。
ボットが傍にあるので、エネルギー源の魔石はいつも満充填だから、近距離の行き帰りには問題ない。
俺は愛用の医療かばんを持って、男を促して乗り込んだ。ボットがふよふよと付いてきて、操縦を開始する。魔動機は、ゆっくりと離陸した。
古の魔人の手になる魔動機、決して高速移動はできないが、優雅に浮かんで飛ぶ。今は最大速度だが、それでも時速20km。人がかなり早く走るくらいの速度だ。
魔族の男はゾットと名乗った。例の姉御の右腕なのだという。
「姉御の娘さんが、目を覚ましません。もともと丈夫な子ではないんですが、顔色が真っ白で、心配しているんです。」
「凄腕の治療士で、魔導士としても超一流の方がいると噂で聞きました。それで駆け付けたんですが、それがまさか、昼間のあんた、いや先生だったとは。」
ゾットは、この距離を走ってきたのか。10km以上離れているから、小一時間は走りっぱなしだったのだろう。
今はようやく息も整い、寛いでいるゾットだ。
「これが噂に聞く魔人の乗り物か。操縦できるのは限られた者だけと、聞きましたがね。」
「そう、この船を操縦できるのは、魔人の僕ホムンクルスと、魔人の里に繋がっているこんなボットが何台かだけだ。今では、この世の中に魔人は一人しかいない。ここから北にある魔族の里で、余生を過ごしているよ。」
「あのウィル族長がまとめる里だな。とすれば、先生はあの里の魔族と知り合いなのか。」
「ああ、ウィル族長の奥方は、俺のオヤジの最初の子さ。つまり俺の腹違いの姉だ。」
「えっ! では、もしや先生のオヤジ、いやお父上は、賢者ジロー様で!」
何だよ、オヤジを知っているのか、この魔族。その賢者ってのは、勘弁してほしいンだけどな。(続く)