その2 産業革命の予感
「最初に、今日わざわざ皆に集まってもらった理由を話しておこう。」発言者席の中央に浮かんだ中型ボットが、壁に映像を映し出す。タローの顔が浮かんで、その声が響いた。いよいよ会議が始まる、皆の視線が集まった。
「理由は二つ、一つ目はこの事業がいよいよ現実味を帯びてきた今、顔合わせをしておきたかったからだ。工場ができて終わりではない、その後もこのメンバーは長い付き合いになるのだからな。大いに互いを知り合ってほしい。」
「そして二つ目、これは実は少々厄介だ。一部の者は知っての通り、最近はボット間の通信環境が乱れることが多い。太陽黒点の活動が、活発な時期にあるからだ。この会議でも通信が中断する恐れがあって、それを避けた格好だ。」
そうなのだ、この星の通信網は、オヤジの搭載艇にあった大・中・小の探査ボットを流用したに過ぎない。使えるものが、たまたま手元にあっただけなのだ。
汎用ボットと呼ばれているが、未知の惑星などを探査する目的で作られた機械だ。外気圏の定位置に浮かべて、複数のボットでリレー中継するなどは、本来の使い方ではない。
ボット間は電波で結ばれているので、どうしても磁気嵐の影響を受けてしまう。ゆくゆくはオヤジの母星で構築されているような、安定的で早くて確実な通信手段に移行する必要があるが、この星の科学技術がそれを可能にするまで待つしかない。
缶詰の対価として中古のボットは捨て値でもらえても、通信専用機器はとても高価なものらしい。
俺たちの星の優先順位では、まずは多用途に使える中古ボットの「数」が欲しい。だから本来の使い方ではないが、何とか通信網として機能している以上、これで我慢しようとオヤジは考えていたそうだ。
ところが、最近の磁気嵐の多発だ。
我々の太陽にある黒点の活動は十一年周期で変動しており、今がその最盛期にある。大きな太陽フレアの発生によって、濃厚なプラズマを乗せた太陽風が地球に到達すれば、地球大気に荷電粒子が降り注ぐことになる。
これまでも丸一日に渡って通信が途絶したことがあったし、カミラによれば規模の大きな磁気嵐は、地表に置いた送電システムや精密機械であるボットを故障させる可能性もあるそうだ。
◇ ◇ ◇
タローの話は続く。
「では、まずは自己紹介を兼ねて、発言者席にいる者から順番に担当分野について進捗を報告してもらおう。」
カズラ兄貴を始めとして、皆が報告を始めた。タローがボットから資料を壁に投影して、発表を支援していく。流石はタロー、的確な映像を見せながらの報告は実に分かり易い。
概ね俺の知っている事ばかりだが、俺の弟ヤクサが学んでいる合成樹脂分野と、双子の姉カミラが取り組む送電技術の進展具合には、少々驚かされた。オヤジの母星の科学技術は、確実にこの星に根付きつつあるのだ。
そして、ワタルの婚約者アカネによる機械・金属分野の成果が素晴らしい。オタルナイ海岸沿いの山側に、ある程度の規模の良質な鉄鉱床も発見していたからだ。
精錬にはオヤジの母星の最新技術を用い、電力は大型ボットから十分に供給されるにせよ、原料が近郊で調達できたことは大きい。
これで、工場で稼働させる機械類の制作や、缶詰に用いるメッキ鋼板の生産に目処が立ったとの事だ。製鉄施設を建設して機械類の制作から開始、鋼板の生産までに半年、同時に缶詰工場の建設にも着手して、この建屋完成も半年後の予定だ。
工場建屋ができあがったら、製作を終えた機械類の搬入が始まる。機器を調整しつつ原料の搬入も徐々に増やし、ようやく缶詰試作品の製造に入る。そして量産化の試運転は更に半年後、つまり今から一年先に決まった。
工場の電力は、最初は大型ボットの融合炉で発電する。
容量的にはボット一機で十分で、工場の稼働時はそれで賄うわけだが、その後は発電の多様化も図られることになっていた。将来の、周囲の里への電力供給を見据えた計画だ。
つまり太陽光や水力、風力発電など、オヤジの母星では既に忘れられた技術を導入しようと言うのだ。ボットの融合炉による発電が、あくまでも中心に座ることになる。しかし、これだけに頼るのは危険だ、例の磁気嵐もあることだしな。
これを補完する自然由来の再生可能エネルギーを、この北の島のそれぞれの適地に分散配置する計画が、ワタルとカミラの発案で進められようとしていた。
これを実現する部隊が、土魔法などに精通した魔族の技術者群、そして高圧送電には飛竜に乗った獣人族の技術者群というわけだ。
今、この星は、産業革命の前夜を迎えようとしている。
数が多く組織力に優れた人族に飲み込まれ、紛れ、同化されるのではない。魔族も、獣人族も、そして飛竜にも、その存在感を発揮しうる特性を生かした新たな仕事が生み出されつつあるのだ。
オヤジの最初の子供達、カズラ兄貴、カミラ、俺、そしてワタルが、この星の未来を築こうとしている。オヤジは、それを俺たちに任せようとしているのだ。
(続く)




