その1 活気づく講堂
いつもはボット経由で協議している面々が、今日だけは生身で出席することになっている。いや、ボット中継も行われるのだが、できるだけ集まれと声がかかったのだ。
参加者は多い、だからヨアキム当主は、ハルウシの町の中心にある交易ギルドの大講堂を借りていた。
招集責任者は、カズラ兄貴とアバパールの二人。そして俺は、カズラ兄貴の補佐だ。司会進行はAIタロー、生き物係のオヤジによく似て、電気や機械には疎いカズラ兄貴のことだ。会議の運営は、ほぼタローに丸投げしたみたいだな。
そもそもオヤジが出席していない。まあ、賢い判断だろう。
息子の俺が言うのもなんだが、オヤジはこの方面には向いていないのみならず、最近はサホロの長老マサミ様を助けて、街の運営全般に忙しい身の上だ。頼まれれば嫌と言えない、人が良すぎるのがオヤジの悪いところだ。
言ってみれば、オヤジは人に仕事を任せるのが上手いのだ。
学校は、カレン母様を校長に置いて、優秀な生徒たちを教師に抜擢して任せているし、治療院はとっくにサナエ母様が分院を含めて総責任者となり、治療士の頂点に立つ聖母として名高いクレア母様が後進を育てていた。
何にでも口を出し、全てに関わらねば気が済まない。年下の者が全て未熟に見える。これは老人の弊害、つまり老害だ!というのが、オヤジの口癖なのだった。
◇ ◇ ◇
出席者が着席を始めた。
最初の会議で「輸出するなら一次産品だろう。」と指摘したカズラ兄貴が、今回の会議の招集責任者を任されている。その横には、補佐の俺が座る。
もう一人の責任者アバパールは、工場建設全般を担当する重責にある。本来ならルメナイ網元が座るべきだが、何故か機械が嫌いと聞いた。兄貴が誘ったボットでの遠隔会議も、魔動機での移動も断る始末で、だから副官のアバパールが名代なのだ。もっとも兄貴には、その方が都合がいいらしい。兄貴はアバパールと気が合うからな。
エドナ商会のヨアキム当主は、原料の確保と製品の物流、つまりオヤジの母星との交易担当だから、これも重責だ。これぞ商人の出番とばかり、大いに張り切っているのが分かる。
その横に座るのは、何と!護国卿クリム様だ。
ゴーレムを召喚する稀有な魔法が使える、魔王国の切り札的存在。そのゴーレムを、工場建設の重量物運搬に使役させるのだと言うから、現王アビオン様の意気込みが伝わってくると言うものだ。そのうち現場には、兄上のギラン様も手伝いにやってくるらしい。兄弟二人で使役するゴーレムが二体か、こいつはさぞかし見ものだろうな。
その横には、俺の二つ下の弟ヤクサがいる。オヤジの五男と言うことになるこいつは、剣もよく遣うが、器用な理系技術屋の顔も持っている。この星は、これから産業構造の基礎となる金属と高分子重合体産業が必須となる。化学が肌に合うヤクサが、これに真っ先に手を上げたわけだ。奴は今、オヤジの母星の技術者から高分子重合体や、特に合成樹脂を学んでいる。
そして、人族のアカネだ。彼女は俺のすぐ下の弟ワタルの婚約者で、サホロの街の鍛冶屋の娘だ。工場で使う機械類の準備から、缶の原料となる鉄・錫・クロム、電線を作る銅などの供給は、彼女が担うことになるから、これは大抜擢だ。彼女も早くから、オヤジの母星の技術者とやり取りを進めて来たと聞いている。
その隣に座るのは、俺の双子の姉カミラ。飛竜と組んで送電と電設工事を担う技師として、これも只今研鑽中である。竜騎士としては身の軽い槍の名手だが、姉にはうってつけの仕事かもしれない。同じ理系女子同士、アカネとも親しいようだ。
俺たち発言者席の後方には、俺を乗せてきた相棒のウォーゼルと、サホロからカミラを乗せてきたビボウ、飛竜の夫婦もとぐろを巻いて鎮座していた。
そして傍聴席に並ぶのは、魔王国の王弟オーレス様。クレア母様の弟だから、俺の叔父と言うことになる。
ヨアキム当主を補佐して製品の商流を担うサワダ商会のカエデ当主は、俺の生みの母カレン母様の双子の兄を夫に選んだ人族だから、俺の伯母か。子供の頃から、俺達双子はよく可愛がられたものだ。
そして弟のワタルも、はるばるウスケシから参加していた。魔動機とは違って宇宙にも出られる搭載艇で飛んできたから、まあ時間はかからなかったろうが。
早くも電力供給と各戸に配置する面発光体の普及の話を取り付けて、ウスケシの市長まで連れてくるとは、仕事の早い奴め。この市長、なかなかの曲者だと聞いている。
そして、その電設作業を担うマーコット商会を率いる、マーコット姉さんも一緒だ。周囲の視線を集める美しき魔女、クレア母様の母上、つまり魔王国の皇太后様の年の離れた妹とか。つまり俺の大叔母でもある。たしかに、あの綺麗で優しいお婆様に似ているな。
そしてもう一人、これも異彩を放つ魔族の美女がいる。ウスケシのヤゴチェ市長の秘書ヌラーラとの紹介だが、あれはどう見ても愛人だろう。マーコット姉さんに従い、共に土属性の巧みな魔族の配下を組織しているらしい。この商売は今後、どこの街でも大きな需要があることだろうからな。
まったく、ワタルは如才ない奴だ。もうここまで段取りを進めていたか。ガキの頃から、カズラ兄貴や俺が親から怒られるのを見て学び、自分は抜け目なく振舞う、賢く憎めない弟だったからな。
見渡せば俺の身内大集合の感があるこの会議が、タローの進行で間もなく始まる。講堂には活気が満ちて、この困難に思えた事業の行く末が俺には明るく見え始めていた。
(続く)




