その4 酒場の話題
「先日も、酒場でカズラ先生の噂を聞きました。魔族の男でしたよ。」湯に浸かりながら、ケントがウォーゼルに話しかける。
「何でも、カズラ先生に回復魔法をかけてもらったとか。魔族によく効く魔法で、人族に使える者は少ないと言っておりました。」
「ふーむ、それは闇の波動のことだな。魔族には向いているのだ。人族とは違ってな。」
「ははあ、我々には向きませんか?」
「うむ、お前たち人族には、光属性の回復魔法がよく効くのだよ。」
「へえ、そんなものですか。飛竜様も魔法はお使いになるのでしたね。」
「そうだな、我らは両方の属性を駆使できる。そもそも、カズラの父ジローに光と闇の波動を教えたのは、私なのだぞ。」
ウォーゼルは、昔を思い出していた。
初めての人族の友だったヒューゴに連れられて、山を訪ねてきた若かりし頃のジロー。光属性がわずかに使えるだけだった彼に、真の光と闇の波動を伝授したのは、今から三十年以上も前のことだったろう。
その後にヒューゴは亡くなり、ジローは賢者として目覚め、そしてウォーゼルの生涯の友となったのだ。
「カズラ先生の父親とは、賢者ジロー様でしたね。そう言えば、その魔族の男がジロー様の話をしておりました。」
「ほう、ジローを知っていたか。」
「はい、何でも飛竜様が繁栄しているのは、そのジロー様が思っても見ないことをしでかしたからなのだと、」
「ふふん、しでかした、と言ったか。確かに、魔素を浴びせてくれなければ、我らは滅ぶ運命だったがな。」ウォーゼルは、その魔族の男の言葉使いが気にかかった。そもそも、その経緯を知っている者は、多くないはずなのだ。
「これは、失礼を致しました。」ウォーゼルの様子を見て、ケントは大いに恐縮して謝ってきた。「奴の言葉を、そのまま申し上げてしまいました。」
「いいや、構わんぞ。その魔族がそう言ったのだからな。それで、その男とはどんな話をしたのだ。」
「はい、カズラ先生を褒め称えるものですから、話が弾みました。先生が魚を集めていることから始まって、ルメナイ網元の缶詰工場の話まで、酔った私はすっかり喋ってしまったのです。」
「その男には、さぞかし法螺話に聞こえただろうな。」
「いいえ、それが熱心にあれこれ聞いてくるのです。そこでつい私も、要らぬことまで話してしまったわけでして、」
湯の中で、またもや恐縮するケントだった。
◇ ◇ ◇
川湯で体を温めたウォーゼルは、ケントたち漁師に別れを告げると舞い上がり、上空で体を一振りして水滴を飛ばした。そして洞窟の中で、すっかりくつろいで眠りについた。
そして翌朝、目覚めれば、ケントの村で獲れたての魚を振舞われ、大いに満足してオタルナイに戻ってきたのだった。
これからまた二日がかりで、ハルウシまで折り返すことになる。商談を終えたマリアを馬車に乗せ、カークはウォーゼルの背に跨り、一行は港町オタルナイを出発した。
実は、明後日に到着するハルウシでは、カズラが招集した会議が予定されている。そこにはカークも、カズラ兄の補佐の役目で出席を求められているのだ。
命じたのは父のジローだ。先日の多元中継会議で、カークが父の昔の仲間に生意気な言葉を吐いたものだから、カークにも任務が与えられたというわけだ。
「ウォーゼル、俺はお前と別れてから襲われたのだ。」道すがら、カークは呪術師ゲラントや解呪士ライラとの出会いを話して聞かせた。
「それは災難だったな、解呪とやらができて良かったではないか。」カークを背に乗せながら興味深くその話を聞いていたウォーゼルは、今度は川湯でケント親方から聞いた話をカークに聞かせた。
話を聞いたカークは、怪訝な顔だ。
「オヤジを知る者は、ここいらでは珍しい。サホロ周辺では、それなりに有名な賢者ジロー様だがな。」
「ましてや、竜族に魔素を与えたことを知っているとは、私も驚いたぞ。」
「まだ魔族は少ないオタルナイだ、ケント親方からいろいろと聞き出したと言うその男は、俺を襲ったゲラントではないのか?」
「それは考え過ぎだろう、寿命の短い人間の疑い深い癖が出たな。」
「ふふん、長生きで鷹揚な飛竜様とは違って、俺達はよく気が回るのだよ。それに、我ら獣人族の勘の鋭さは、知っているだろう?」
「もし、同一人物だとすれば、だ。」カークが続ける。
「そうだな、その男がジローやカズラ、そしてお前について、いろいろ探っているのかもしれんな。」
「あの男は、他の星に関わるなと言った。」
「ふうむ、念のためにジローに報告しておくべきかも知れんぞ。」そう勧めたウォーゼルは、するすると速度を減じて馬車を牽くボットに並走する位置についた。
カークがボットに声をかけた。「タロー、悪いがオヤジに繋いでくれ。」
(続く)




