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その2 飛竜の川湯にて

カークと別れたウォーゼルは、いつもの海岸に向かって、ゆったりと空を進んでいた。オタルナイを馬車が折り返すのは、明日の昼前だ。それまでに戻れればいい。あの温泉で体を休め、今夜は洞窟で眠るとしよう。


もう十年以上も前になる、ジローを乗せたウォーゼルは、この海辺に夜露をしのげる洞窟と温泉を見つけていた。

まだ若く、時間にも余裕があったジロー。その頃の彼は、カレンやその兄ゲルタンに負けじと、竜騎士を気取ってウォーゼルに(またが)り商隊護衛に出る機会も多かった。


ふとしたことから、オタルナイに程近い漁村に飛竜の(ほこら)と呼ばれる洞窟があると聞いて、仕事を終えた後にその場所を訪ねてみたものだ。

川が海に注ぐ、その河口を見下ろす切り立った崖の中腹に、なるほど洞窟がポッカリと口を開けていた。


その昔、岩の裂け目を波が穿(うが)ち、それが隆起したものか、それとも海が後退したのだろうか。洞窟の中には、魔素が滞留しているのが感じられた。どうやらそれは、周囲の岩から染み出てくるらしい。


そこから見下ろした川面(かわも)にも魔素の漂いがあり、その川底の石を掘れば、熱いお湯が昇ってきた。温泉が、河口に湧き出しているのだった。

喜んだ二人は、川の石を動かして即席の湯だまりを作った。染み出すお湯は熱かったが、川の水を導くことで適温に調節できた。

思いがけず露天風呂に()かり、疲れを癒し洞窟の中で眠った。それ以来、ここが二人の思い出の場所となったのだ。


昔、(つがい)の飛竜が、暮らしていたと言う。それを知る近隣の漁村の住人が、ここを飛竜の(ほこら)と呼び伝えた。洞窟に染み出す魔素の量は、二匹の飛竜が必要な最低限に近かった。おそらく卵を産む日が近づいた夫婦は、この場所に見切りをつけて、より多くの魔素を求めて飛び去ったのだろうとは、当時のウォーゼルの見立てだった。


 ◇ ◇ ◇


久しぶりにやってきた。

河口に湧いた温泉は、今では整備されて大きな露天風呂となり、その名も「飛竜の川湯」と名付けられている。

上空からでも、数人が広い湯溜まりに浸かっているのが見て取れた。地元の漁師だろう。彼らは朝が早い、黄昏にはまだ間があるが、この時間で仕事を終えてくつろいでいるのだ。


ウォーゼルは、まずは河口にザブリと着水した。水中に潜り、縦にぐるりと体を回す。鱗についた(ほこり)を洗い流してから、スルスルと露天風呂のお湯に滑り込んだ。湯が盛大に溢れ出る。熱めのお湯が、鱗の皮膚に心地よく沁みた。


「やあ、飛竜様がおいでとは、これは縁起がいい。」男らが歓迎してくれる。その中に、顔見知りを見つけた。この漁村を束ねる親方、ケントが湯の中から立ち上がり、手を振っている。


ケントは、その逞しい体でウォーゼルのもとに泳ぎ寄ってきた。

「飛竜様、しばらくでした。」親しげだが、その表情と言葉遣いには竜族に対する畏敬の念がある。

飛竜は、騎士団の仲間内(なかまうち)では友人同士と言って良い関係だが、里の人々にとっては高い空で見かける高貴な存在なのだ。そして数百年は生きる飛竜にしてみれば、人間の一生は短く早い。子供だった頃にここで知り合ったこのケントも、立派な大人になったものだ。


「息子の命を助けていただいた上に、ルメナイ網元と繋いでいただいて、有難うございました。」ケントは、そう礼を言った。

「おお、では仕事のほうも上手くいったのだな。」

「はい、安定して大量に、しかもそれなりの値段を保証してくれましたので、我々も大助かりです。毎月の収入が安定すると、カミさんも喜んでいます。」

「そうか、だが網元も魚が欲しかったのだから、お互い様だ。」

「いいえ、私たちの港では(ほか)から回った船の荷は、買い叩くのが普通です。それなのにあの網元は、同じ値段で買って下さる。品物の質にはうるさいが、お陰で私らも獲った魚の鮮度に気をつけるようになりました。」


二月程(ふたつきほど)前のことだ。ここで体を休めていたウォーゼルは、昔馴染みのケントから息子の病気の相談を受けたのだ。症状を聞くに対処が急がれるようだったので、オタルナイまで一飛びしてカズラを乗せて帰ってきた。そしてカズラは、素晴らしい手際を見せて、ケントの息子を治療したのだった。


何でも、腹の中で炎症を起こしていたらしい。カズラはすぐさま息子の腹を裂かずに、問題の部位を取り出してみせた。例の、ストレージを経由した無血治療だ。

それに立ち会ったウォーゼルが、治療を終えたカズラに改めて漁師のケントを紹介したのだった。


ちょうど隣の漁村にいるルメナイ親方のところに魚を集めていたカズラにしてみれば、この出会いは渡りに船だ。治療を終えれば、すぐに魚の売り買いの話になった。

息子は一週間で回復したが、その間に治療に通ったカズラは、すっかりケントと意気投合したというわけだった。

(続く)

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