その1 憑依の呪術師、或いは超種族リムゾーン
酔いつぶれた翌日の遅い朝、ゲラントは今 目覚めようとしていた。
いや、正確には昨夜まではゲラントだった者、と言うべきかもしれない。
机に突っ伏したまま寝てしまい、深夜に気付いてそのまま寝具に潜り込んだ。だが酔いつぶれて意識が飛んだその時に、彼の心は浸食を許してしまっていた。
輪郭が揺らいで見えた人型は、クフロイ族のリムゾーンが彼の部屋に実体化した姿であったのだ。
◇ ◇ ◇
古き者ウルト族を宗主とする我らクフロイ族、そして宗主族の長老ウルト・ゴール様を主上と仰ぎ、行動を共にしてきた私だ。
もう一人の同族ドーピンは、現地人類の殺害未遂で評議会から当該恒星系への立ち入りを禁じられた。
群竜討伐に紛れて生身で地表に降り、抹殺対象に対して直接的な干渉行為を行った彼は、判決を受けて心理的な枷を嵌められ、自身の意志でこの恒星系へ接近することをできなくされてしまったのだ。
共犯者とされた私には、立ち入りの禁止が言い渡されたのみである。しかし私とて、地球への接近は危険が伴う。表沙汰になれば、私もまた懲罰を受けるだろう。
彼の轍は踏むまい。あくまでも私は、この星に傀儡を確保し、使役するのだ。
たった今、抹殺対象の子を害する目的で動いた魔族の男を、私の支配下に置くことができた。あくまでも私は陰にいて、この男の精神に干渉するのみだ。この現地人の表現型を損なわねば、評議会の監視の目を欺くことができるだろう。
抹殺対象とその周辺が、活動を活発化している。
主上ほどの力がない私には、その狙いが見えていない。まずは動きを知ることだ、そうすれば奴らを挫く糸口が掴めるだろう。
私はこの魔族の男に、憎悪の種子を植えこんだ。そして、奴らの行動を阻止するとの動機付けを、強迫観念としてその脳髄に挿入したのだ。男は、それを自らの意思とするだろう。
男の記憶から、行動賦活要素を読み取る。
旨い酒、そして交配相手だ。肉体に依存する生き物として、極めて順当な欲求だ。
「情報を集めよ! そうすれば報酬が待っている。」私は、男の脳の背外側前頭前野に、その指示を擦り込んだ。
これで男は、私の傀儡として動く。男が見聞きし、触れて嗅いで味わう情報は、常に私のものだ。私の意思が漏れ出る恐れがあるが、男はそれも自分の考えだと思うだろう。
そして、必要な情報が得られた時には、この男は使い捨てねばならぬ。私の記憶を残すわけにはいかないからだ。
その時は、この男に奴らを襲わせるとしよう。野蛮な原住民のことだ、私が手を下さずとも男の存在を消してくれることだろう。
ああ、今、この魔族の男が目覚めようとしている。
(続く)




