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続々)生き物係ですが、船が難破して辿り着いたこの星を守り抜く覚悟です。  作者: 培尾舛雄
【ワタル編】 第一章 はぐれ魔族
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その1 霞の少女

「ダメ! お母様を攻撃しないで!」

敵との間に突然、ボウッと浮かび上がった小さな人影が、俺に叫んだ。

何だ、こいつは? 小さな人の形をしている。子供なのだろうか。半透明だが、かろうじてその表情が見て取れる。


攻撃するなと言われても、敵の女は今 俺に向けて何らかの魔法を投げようとしているのだ。はい、そうですかと、ただ待っているわけにもいかない。

俺は、とりあえず手前に魔法障壁(まほうしょうへき)を展開した。できるだけ分厚く、だ。


俺の障壁を見たその人影は、今度はくるりと振り返ると敵の女に向けて叫ぶ。「お母様、この人はお母様が敵う相手じゃない! 魔法を打ってはダメ!」女の子みたいな声だ。


緊迫していた場が、静まり返った。

「マイカ、お前!」そう叫んだ女は、掲げていた魔法陣を消すと、だらりと両手を下げた。

それを見て、小さな人型は頷くと、また俺に向き直る。

「ご免なさい、お母様 ほんとは悪い人じゃないの。」悲し気にそう言って、ふっと姿が消えてしまった。


 ◇ ◇ ◇


俺に魔法を撃とうとしていた女が、声を投げてきた。

「悪かったね。魔法術式も見せずに、たちまちこんな立派な魔法障壁を立てるなんざぁ、あんた第一級の魔導士だ。確かに、あたしが敵う相手じゃない。認めるよ。」


歳の頃は30前だろうか、短く刈った頭から小さな角を生やし、顔には右の頬に大きな傷跡があった。黒装束をまとい締まった体つきの、魔族の女。

はぐれ魔族の盗賊団ってやつか? 魔獣に並んで、郊外で出会えば厄介な奴らだ。


たった今、姿を消した人影のような子供がいても、不思議ではないな。それに、顔の傷さえなければ、この女 なかなかの美形かも知れない。何処かで見た気もするが、こんな知り合い、いないよな。


どうやら、俺を襲うのは止めたようだ。ならば、と俺は障壁を解除した。

「ウチの部下が、迷惑をかけた。謝らせるから、許してやってくれないか。」そう言って、女はそもそもこの騒ぎの発端となった荒くれ男の頭をペシンと叩く。


「ほれ、お前だよ。早く詫びを入れな。」

叩かれ、女に蹴飛ばされて。俺の前に出てきた男は、「済みませんでした。」神妙な顔でペコリと頭を下げた。


女は、じっと俺を見ている。

「どうだい、これで手打ちにしてくれないか。だめなら、こいつを置いていくから、好きに料理してくれて構わない。」

姉御(あねご)~」と、男は情けない声を出した。


俺としても、こんな乱暴者を渡されても困る。

「判ったから、俺の前から消えてくれ。」

すると女はニッと笑って、「野郎ども、引き上げるよ!」数人の仲間を従えると、森の奥に消えて行った。


◇ ◇ ◇


話は、小一時間ほど前に遡る。

魔獣狩りのために森に入った俺は、運よく森イノシシを見つけた。

こいつの肉は旨い、そして傷つけぬように皮を()げば、毛皮にもいい値がつく。


俺は剣に風属性をまとわせて、奴にめがけて振った。風の矢が飛んで、ピシリと奴の鼻先を叩く。イノシシは俺を認めると、猛然と突進を開始した。

その牙が届く寸前まで引き付けて、俺は体を横に流し、すかさず首筋を(えい)と切り上げる。熱い鮮血がしぶいた。


続いて目くらましのファイヤーボールを鼻先に投げておいて、俺は奴の巨体の反対側に回り込む。こんな大きな動物は、頸動脈を切られたくらいですぐには絶命しない。(ひる)まず攻撃してくるから、一太刀を与えた後の目くらましは必須なのだ。


奴が再び俺の姿を捉えぬうちに、今度は反対側の首筋を剣で切り上げる。また血がしぶいたところで、俺は剣を構えたまま数歩下がって間合いを取った。

流石に両の首筋を切られて、イノシシはガックリと膝を折る。そして、ドウと横倒しになった。勝負あったな。


俺は手早く縄でイノシシの足を縛ると、風魔法を使って手近の木の枝に両足を架けてぶら下げた。まだ心臓が動いているうちの、血抜きの技法だ。

バシャバシャと熱い血が地面を濡らし、イノシシはぶら下がったまま絶命した。


俺は、おもむろに地面に穴を掘る。今度は土魔法だ。その穴に血を流し落とし、次には短刀を取り出すと腹を(さば)きにかかった。

肝臓(レバー)だけは、傷をつけずに慎重に取り分けて木の葉の上に載せる。そのほかの内臓も食えるのだが、ここは穴の中に捨てることにした。


腹の中を空にして、本当ならこれから川に沈めて冷やした方がいいのだが、俺はストレージ持ちだ。ここに入れておけば、亜空間には時間経過はない。後でゆっくり作業しようと考えて、水魔法で血に汚れた手を洗っていたその時、後ろからカサリと枯葉を踏む音がした。


振り返れば、あまり人相のよろしくない男が一人、ニヤニヤ笑って立っていた。

「おう、兄ちゃん。なかなか手際がいいじゃねーか。」頭に角が見える、魔族だな。

「何だ? お前に分けてやる気はないぞ。」


「ふん、分ける必要はない。そのまま全部、俺に渡してくれりゃあいいのよ。」男は下卑た笑い顔を作った。「さあ、さっさと消えな。」

俺には角がない、ただの人族の若造に見えるはずだ。この魔族の男は、実力行使で俺に負けるはずはないと踏んでいるようだ。


男は、右手に火の玉(ファイヤーボール)を作ると、俺に投げつけてきた。こんなもので、俺を追い払おうというのか。さっきの風魔法や土魔法で、俺の実力を察するべきだったな。

俺は無造作に、炎の玉(フレイムボール)を投げ返してやった。


俺の魔法は、相手の攻撃を飲み込みながら男に肉薄し、直前で霧散する。真っ正面から当ててしまえば、相手を焼き殺してしまうからな。

男は慌てて森の中に駆け込んで行った。そして、あの姉御が登場したと言うわけだった。


 ◇ ◇ ◇


さあて、イノシシの鮮度が落ちぬうちにと、俺はストレージに獲物を放り込んだ。

最近の魔族は、相手の実力を見測る事ができない半端者が増えたな。そんな事では、長生きはできないぞ。


俺は、日が暮れ始めた森を出て、里への帰路についた。

治療院を部下に任せての、貴重な休日。狩りに出かけるのは、仕事で多用する光属性の回復魔法ばかりではなく、そのほかの属性魔法も、そして剣技も鈍らせないための、俺にとっては魔法剣士であることを忘れぬための習慣なのだ。


治療院の自室に戻った俺は、例の肝臓(レバー)を取り出して、血抜きしてきれいに洗い、これを網焼きにすることにした。今夜の酒の肴にするのだ。

塩パラだけで十分に旨い。そして大きいから、とても一人では食べきれない。栄養状態の良くない患者がいたら、分けてやるのもいいな。


今日は、妙なオマケがついた。あいつらも、この街の住人なのだろうか。そして、(かすみ)のようなあの少女、あんな魔法は初めて見た。いや、あれは魔法だったのか? そして、俺の実力を知っているような物言いだった。何故なのだ?


そんな事を考えながら、俺は共有ストレージに親父が常備してくれている米から醸したという酒を取り出して、しみじみと味わっていた。

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