その2 妹の婚約者
首尾を俺に聞かれたマサシが答えた。
「ミヒカが十八になった時に、結婚を考えたいと言われました。」
「ほう、あと二年待てと、つまり高等部を卒業してから、と言うのだな。」
「はい。」
「婚約者としてミヒカに認められたか、良かったじゃないか。」
「ですが、条件を付けられました。」
「何だ? いつも傍にいて欲しいとか、言われたのか?」軽口を叩いたつもりの俺だが、マサシは驚いた顔を返してきた。「その通りです、隊長!」
こいつめ、さっそく惚気るつもりか? と思ったが、マサシの顔は真剣だった。「ミヒカは、教師を志望しています。そこで、俺の力も貸して欲しいのだと、」
ふーん、なるほど。
オヤジと母様達が、ミヒカに学校の運営を手伝わせたがっているのは俺も知っている。ミヒカは魔力も優れているが、頭がいいのもクレア母様譲りだ。そして俺の生みの親カレン母様は、校長としていつも「教師が足りない」と嘆いている。その原因は、ただ一つ。生徒数の増加だった。
サホロ周辺の里でも、就学率が上がってきた。そしてサホロの街に高等部を設置したことで、近隣の里で初等教育を受けた子供たちの中から、もっと学びたい者達が集まってくるようになった。オヤジが気前よく寄宿舎を増築したものだから、なおさらだ。
お陰でサホロは、今や商業に加えて教育都市としても栄えつつある。もちろん治療院の充実によって、あいかわらず北の島の医療の中心地でもあるのだ。だが医療に関しては、オヤジの弟子として早くから独立したヨシユキさんや、最近ではワタル、そしてカズラ兄貴が各地に分院を作って進出していた。
だが、学校はそうはいかない。学舎に、教師陣に、教育課程に、いろいろと準備が必要だし、そもそも回復魔法は存在しても教育魔法ってのは無い、のだから。
マサシは、人族初の竜騎士を目指している。
彼は人族としては標準だが、獣人族から見れば小柄だ。そして筋力も身のこなしも、我々獣人の血には及ばない。しかし軽量な体躯を生かした、機敏な剣技を持った騎士とも言える。ただ、竜騎士になるには欠点があった。乗せる飛竜を選ぶことだ。
俺のオヤジが竜族に魔素を提供してから、周囲に魔素が満ちた環境で生まれてきた飛竜は、親の世代より一回り体が大きくなった。小柄なマサシでは、若い飛竜が大きすぎるのだ。だから、いつもは俺を乗せてくれているウォーゼルが、練習ではマサシを背に乗せていた。
「マサシが竜騎士として独立する時には、私がマサシを背に乗せてやろう。お前は、私の子の中から気の合うものを選べばいい。」俺はウォーゼルに、そう言われていた。
「マサシよ、お前は騎士としての素質があるが、部下を導くのも上手い。つまり、教師にも向いている。」
「隊長は、俺に竜騎士の道を諦めろと言うのですか!」俺の言葉に、マサシは不満そうな声を返した。
「そうではないが、騎士と教師の両方を担うのは難しい。俺の母も、オヤジから学校長の地位を任されて、泣く泣く竜騎士を降りたのだからな。」
「そうでしたね、でもカレン様は学校長の仕事が実に似合っておいでだ。校長たるもの、あのくらいの迫力と威厳がなければ務まりません。」
「竜騎士も教師も、皆の役に立つ立派な仕事だ。しかも、最近では魔獣の出現は減りつつある、そして教育はこれからますます重要だ。オヤジの昔の仲間が、この星に新たな科学技術を持ち込もうとしているのだから。」
「実は、ミヒカにもそう言われました。この星は、教育を急がなくてはならない。竜騎士の妻が嫌だとは言わないが、私には教師として一緒に働いて欲しいのだと、」
ふふん、ミヒカめ。ちゃんと惚れた男の才能を見抜いているか。
「まだ二年ある、悩めばいい。お前が決めることだ。俺からは、お前には竜騎士も、そして教師も向いているとだけ言っておこう。」
そんな話をしているうちに、丘の向こうにハルウシの町が見えてきた。
◇ ◇ ◇
海辺のハルウシは、ここ最近になって大きくなってきた町だ。
西には港湾都市オタルナイ、南には商業と教育都市サホロの中間に位置して、人や物資の行き来が盛んな中継地として栄えてきた。
目前に広がる海からの幸と、後背地からもたらされる山の幸、冬は降雪があるものの寒さをしのぐ術を知る住人達には、住みつく甲斐のある土地なのだ。
このハルウシでも老舗の食品問屋が、エドナ商会だ。今ではサホロで一番の商家となったサワダ商会と昔からの取引があり、俺も商隊護衛の任で何度も訪れていた。そしてここの当主の次女マリアが、俺の嫁というわけだ。
マリアは、実家を手伝う商人としては既に一人前で、明日からはオタルナイまでの商談でこの馬車に同行することになっていた。
(続く)




