その1 秋日和
海辺の町ハルウシに向けて、定期の馬車便が進んでいた。もっとも馬車を牽引しているのは、例によって馬ではない。重力波推進の、銀色で四角い汎用中型ボットだ。
サホロを出てから二日目、今日のうちにハルウシに着いて、荷の半分を下ろして宿泊。そして翌日は、更に二日をかけて、オタルナイの港町を目指している。
積んでいる荷は、サワダ商会が穀倉地帯で仕入れた穀物、そしてサホロ周辺で採れた新鮮な野菜だ。馬車の荷室の半分ほどは保冷庫となっており、葉物野菜類は収穫後に予冷されて、低温のまま保管されている。
護衛隊に魔族がいればその者が、時には飛竜様が氷結魔法を用い、半日に一度その魔法術式を更新することで低温を維持しているのだ。これにより港町に到着するまで葉物野菜の鮮度は保たれて、市民からは好評だった。
この保冷庫は、海産物を積んでサホロの街に戻る際には、更に氷結魔法の度合いを強めた冷凍・冷蔵庫となって、中身は鮮魚やマグロに変わる。サワダ商会が二十年ほど前に始めたこの生鮮海産物を運ぶ商売は、内陸に住む市民に大いに歓迎されていた。
飛竜のウォーゼルに跨って、馬車を先導するのは竜騎士カークだ。
凛々しい美男であり、均整の取れた体躯も母親のカレン譲りである。細マッチョで猫耳のイケメン獣人、しかし彼は人族との混血だ。だから純粋な獣人族に比べて、耳が小さめで、尻尾も少し短かった。そしてこのことは、彼の隠された劣等感なのだった。
純血の獣人族に負けまいと、彼は子供のころから母の指導のもと、剣技の練習に余念がなかった。その甲斐あって、今ではサホロの街の騎士団で竜騎士長を任されている。
そして彼には剣技の他に、巧みな魔法があった。母のカレンは大剣に闇属性を乗せる程度の魔力しか持たないが、父は人族ながら賢者として名高いジローなのだ。
魔素量では魔族に及ばないものの、獣人族のそれを凌駕している彼は、剣に複数の属性を乗せて戦い、打ち出す魔法も強力だった。父のジローからは、光属性を学べば賢者も目指せると言われているのだが、そのきっかけがなかなか掴めない。
竜騎士であり賢者、それは誰もが到達したことのない境地だ。野心に富むカークは、いつか必ずと、一人 心に誓っていた。
◇ ◇ ◇
黄昏前には町に辿り着きたい、俺はそう考えている。
今日中に、ハルウシの町はエドナ商会に到着する旅程なのだ。昼間は晴れ渡る青空だが、季節はもう秋だ。日は短くなり、朝夕がめっきり冷え込むようになった。
「カーク隊長!」そう呼びかけながら、馬車の左翼を守る騎士のマサシが馬を早めて追いついてきて、俺を乗せた飛竜ウォーゼルの横に並んだ。
「空を!」そう言って指差すその向こうに、低空をゆったりと飛ぶ黒い円盤が見えた。
俺を背に乗せたウォーゼルが、それを見上げる。「ほう、魔動機か。この場所からして、あれはカズラだろう。オタルナイに戻る途中らしいな。」
何だ、カズラ兄貴。サホロに里帰りしていたな。急な用事でもあったか、来るとは聞いていなかったがな。
馬車を牽くボットから、あの船を呼んでみようか。タローに頼めば、通信を繋いでくれるはずだ。そう考えたが、やめにした。どうせ二日後にはオタルナイに着く、そうしたらカズラ兄貴とも会える。また互いの近況報告がてら、酒を酌み交わすのだ。それを楽しみにしておこう。
「やはり、お知り合いでしたね。それでは、」そう言って馬車近くの定位置に戻ろうとするマサシを、俺は呼び止めた。「まあ、待て。そろそろハルウシの町も見えてくるころだ。このままお前と話しながら進もう。」
騎士のマサシは、俺より二つ若い、信頼に足る副官だ。
武芸に優れて、人族には珍しく魔法も少しは使える。そして若い騎士たちをまとめる才能があった。気配りができるのだ。事実、今も空に魔動機を見つけて、わざわざ俺に知らせに来てくれた。魔動機に乗っているのは、おおかたが俺の身内か知り合いだからな。
「はあ、何か話がありますか?」
「妹のことだ。首尾はどうだった? 未来の兄として聞いておこうと思ってな。」
そう言われて、無骨なこの男は頬を赤らめたようだ。いや、日に焼けて赤黒い顔をしているから、はっきりとは分からないが、モジモジと似合わぬ仕草をしたのは確かだ。
俺の腹違いの妹たち、サホロ治療院の美女三姉妹として知られるうちの一人、クレア母様の次女ミヒカ。今、十六歳か。
その歳で魔力も俺より大きい。それがどうして、こんな人族の、さして美男子でもない男に惚れたのかは知らんが、まあ人を見る目は確かだと言える。そこは、兄としても褒めてやりたい。この男は賢く有能で、そして誠実だ。
首尾はどうだったと俺に聞かれて、俺の隣で馬の背に跨るマサシは、嬉しそうに、そして次には少し困った顔をして見せた。
(続く)




