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続々)生き物係ですが、船が難破して辿り着いたこの星を守り抜く覚悟です。  作者: 培尾舛雄
【カーク編】 第一章 敵の影
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・・・ 呪術師ゲラント

シャワーを済ませて、女が部屋に戻ってきた。二十歳を過ぎたくらいの人族、メリハリのある体をして目鼻立ちのくっきりした派手目(はでめ)の美人だ。

いつもの通り、ゲラントの向かい側の椅子に腰を下ろす。ゲラントが机越しに女の顔の手前に両手を掲げると、女の髪の毛が風に優しく揺らぎ始めた。


魔族なら誰もが使える生活魔法、わずかに暖めた風を送り、女の髪を乾かしてやろうというのだ。女はタオルを使いながら、艶美に微笑みかける。「いつも有難う。旦那は優しいねえ。」


「人様を害するのが仕事だからな、普段の俺は優しいんだ。」ゲラントは自嘲気味に笑う。

「旦那が呪う相手だ、どうせワルなんだろ。」

「いいや、今日のは違ったな。若くて気のいい治療師さ、但し、少しばかり腕が良すぎるらしい。」

「なんだい、それじゃ同業者のやっかみかい。」

「そうだ。警告をして、少し(へこ)ませておいてくれと頼まれた。だから俺も、大きな棘は投げていないぜ。」

女はゲラントの仕事をよく知っているのだろう、それ以上会話を続けようとはしない。余計なことは言わずにおくのが、商売女の心得なのだ。


だが、ゲラントは一人 話を続ける。「よく効く回復魔法だった。それも、俺たち魔族に合わせた闇属性だ。人族なのに、確かに腕はいい。」

「はっ、旦那に棘を投げられたのに、回復魔法をかけてくれたのかい。お人好しだねぇ、そいつは。」思わず釣られて、女も返事をしてしまう。


「人を疑わない善人らしくてな。何でも、サホロの治療院で修行をして、この街に分院を開いたらしい。きっと回復魔法だけじゃなく、病気そのものを治せる知識を持った医者なんだろうよ。」

「ふーん、サホロかぁ。あそこの治療院には、聖女様と呼ばれる腕利きの治療師先生がいるそうじゃないか。」

「ああそうだな、その分院だからあの医者も優秀なのかもな。」ゲラントは立ち上がって、机の引き出しから財布を取り出すようだ。


「金貨一枚の仕事だから受けたが、どうも後味がよくねぇ。」そう言って、財布から銀貨を3枚取り出して、それを女の前に置く。

「いつもの2枚に、俺の愚痴を聞いてくれた分を1枚足しておく。」


女は銀貨を受け取ると、ゲラントを拝んでみせた。

「聞くだけなら、いつでも聞いたげるよ。」そう言って、立ち上がる。

「一杯やっていくか。」ゲラントが机に置いた酒瓶を持ち上げてみせたが、女は首を振って戸口に向かう。「これから、もう一軒あるのさね。これでも売れっ子なんだよ。」そして閉める間際の扉から首だけを出して「また呼んでおくれね。」と声を投げていった。


 ◇ ◇ ◇


静かになった部屋で、ゲラントは一人 酒を舐め続けている。

両の(つの)の根元あたりがヒリヒリしている。これは棘を投げた反動なのだ。数日は悩まされることになるが、金を貰ったのだ、我慢するしかない。


いつもなら、彼に仕事を頼んでくるのは日陰の者たちだ。そして呪いの対象も似たような奴らだから、ゲラントも気にしない。どっちもどっち、金を貰えれば闇の呪術師としてただ仕事をするだけだ。


だが、今回の依頼者は表の人間だ。同業者を(ねた)む悪知恵はあるものの、街で看板を掲げるれっきとした治療師だった。

どこから聞きつけてきたものかゲラントの部屋を訪ねてきたので、初見の客だからと報酬をふっかけてみたら、その場でポンと金貨で払った。つい依頼を引き受けたが、それが今では気に掛かっている。


「金に困っていたわけでもない。表の世界で真っ当な仕事をしているお医者に、俺が手を出すべきではなかったな。」酒を飲みながら、ゲラントは自分を責めた。

「天罰を喰らわなけりゃいいがな。」呟いて椅子から立ち上がったゲラントは、ふと向かい側の椅子に何かがいる気配がした。

酔いの回った目を凝らすと、椅子の上に(モヤ)が見えた。そして、それがゆっくりと色を濃くしていき、やがて輪郭が揺れ動く人型(ひとがた)に落ち着いた。


「何だ、お前?」思わず声が出た。

その人型は、笑みを浮かべたように見えた。「説明しても、理解できまい。」ゲラントの頭の中で、声が聞こえた。

「俺に何か用か?」

「あの人族に危害を加えたお前の(ちから)が、使えそうだと考えてな。」

ゲラントには、その人型が発している高圧的で不穏な気配が不愉快だった。


「お前にも、喰らわせてやろうか!」

「私はこの時空に縛られてはいない、無駄なことはやめておけ。」

「訳のわからんことを言うな!」ゲラントは、椅子に座る人型に向けて棘を投げた。カズラを打った棘より大きいのは、ゲラントの怒りを表している。


だが彼が放った棘は、揺れる相手の体をスイと突き抜けてしまった。いつもなら跳ね返ってくる反動も来ない。こんなことは初めてだ。

そして椅子の上の人型も、フッと消えてしまった。


ゲラントは我が目を疑ってしばらく警戒していたが、

「俺も、焼きが回ったか。」グイと手に持った酒を飲み込んだ。酔って幻を見たと思ったのだろう。

その夜、ゲラントは酔いつぶれるまで酒を飲み続けた。

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