その4 二人目の嫁
ライラは、なおも両手の平の闇と光の波動を凝視している。「私が賢者になれるかもしれないの? もしそうなれば、私 カズラの治療院のお手伝いができるかな?」そう言うと、上目遣いに俺を見てきた。
「賢者まで行かなくたって、魔力の大きなお前が光属性の治療士として加わってくれれば、俺は嬉しいよ。」俺は、そう答えたさ。
体を支えていたミルカが、そのままライラを後ろから優しく抱きしめた。「心の病気が治ったのならさ、ライラ。カズラの嫁として戻ってきなよ。」
「いいの? ミルカ?」
「問題ないよ、一夫一婦制に拘るのは飛竜様と人族だけ。私たち獣人族と魔族は、その辺りは緩いじゃない。ねえ、ライラを娶るでしょ、カズラ。」
二人の熱い視線を受けて、俺はタジタジだ。そんなことを、人前で大きな声で言うもんじゃありませんってば!
だが、先走ったオヤジに「おめでとう、カズラ!」と言われた俺は、退路を断たれてしまったのだった。
◇ ◇ ◇
治療を終えた治療院の一室で、俺はオヤジとサナエ母様、クレア母様からお説教を喰らっていた。もちろん二人目の嫁を貰うことについてだ。
「まあ、なんだ。お前も惚れられたのなら仕方がない。腹を括るんだな。」とオヤジ。気楽なものだ。
「あんたも、そんなところばっかりジロー先生に似て、困ったものね。」とサナエ母様。
「あら、サナエ。二人の女に惚れられるなら上出来じゃない、あなたが産んだ息子は、立派だわ。」
これは怒られているの、褒められているの、どっちなの?
「この際、応援してやろう。なぁ、お前たち。」とオヤジが言えば、サナエ母様はハァとため息をつき、クレア母様は妖艶に微笑んだ。
「これは、俺もそろそろ初孫の顔が見られるかもしれんな。」何だかオヤジは、その先を夢想しているらしい。だから、気が早いんだって、オヤジは!
だが、ここでクレア母様の眼がキラリと光る。「ところで旦那様、私も初孫が待ち遠しいのはやまやまですが、最初に生まれた旦那様の男の孫にジローの名を継がせるお約束、お忘れではありませんね!」
この言葉にサナエ母様が反応した。「そうだったわね、そうか! これはチャンスだわね。」そして俺を睨みつける。「カズラ、ライラと結婚しなさい。そして必ず男の子を生むのです!」と命令が飛んできた。
ええっ~、俺が産むわけじゃぁないし~。
サナエ母様はクレア母様を横目で見て、ニンマリと笑う。「ワタルには婚約者がいるけど、こことウスケシの遠距離恋愛だし、二人目の嫁候補マイカちゃんはまだ子供だわ。その点、お前は二人の嫁と同居するのだから、これは有利ね。」
有利って、だから、何がさ!
クレア母様が、そんなサナエ母様を睨む。いつもは仲の良い母様方だけど、この場はちょっと険悪な雰囲気だぞ。
「あら、サナエ。私には娘が三人いるのを忘れたの? そのうち二人は、もう適齢期よ。もしかしたら、もう、、、」フフフと笑ってみせたのだった。
◇ ◇ ◇
二人の母様が部屋を出て行った後で、俺はオヤジと二人だけで話した。いや、俺がオヤジを呼び止めたのだ。
こんな羽目になったので、いろいろ聞いておきたかった。二人の嫁の扱い方とか、特に夜のこととか、夜のこととか、
「私も、四人の女しか知らないのでな。お前に教えてやれることは多くない。」とかオヤジは言う。
四人も知ってりゃ、十分だよ。最初の奥さんは亡くなったって聞いたけど、通算で十七人の子がいるオヤジが、よく言うよね。
「何とかなるものだ、賢い嫁たちに任せておけばいい。」結局、この言葉がオヤジの結論だった。オヤジは、それで納得しているのだ。確かに三人の母様方は、周囲が言う通り、冴えないオヤジには出来過ぎた嫁たちだからな。この点は、俺は激しく同意するぞ。
◇ ◇ ◇
俺とミルカとライラは、魔動機で帰路についた。
ライラを山里まで送って行ったから、治療院に戻ったらこれで一日が終わってしまった。だが、俺は嬉しい。ライラは、しばらく調子を見て問題がなければ俺の治療院に来てくれると約束してくれたのだ。
また夢で、想いを伝えて寄こすそうだ。
その良い夢が見られるのを楽しみに、俺とミルカはまた日常に戻ることになる。
ライラが加わってくれれば、俺の治療院も充実するだろう。
缶詰工場の件だって、アバパールが連絡調整を引き受けてくれた事で、順調に進みだした。ルメナイ網元の漁村には新たな事業を立ち上げ、俺は兄弟姉妹と協力して世の中に汎用ボットと面発光体の普及に乗り出すのだ。
そんな近い将来が、俺には楽しみで仕方がなかった。
(カズラ編 了)




