その3 荒療治
ビボウは、鎌首をもたげて俺を見た。「お前は、ジローの長男カズラだったね。その娘さんはお前の番かい? やけに大きな波動を持っているけれど、」
そしてライラに、グッと頭を近付ける。「クレアと同じくらいかしら。人間とすれば最大級の大きさね。でも揺らいでいる、調子が悪そうね。」ああ、飛竜には一目でお見通しだったか。
俺は、かいつまんで事情を説明した。
「そのルメナイとか言う人間は、よくそこまで見えたものね。なるほど光属性の干渉か、確かに大きな光の波動で共鳴させるのが手っ取り早そうに思えるわね。」
ビボウは、とぐろを巻き直す。「分かったわ、ここは女性同士、私が手当てをしてあげましょう。」
あまり飛竜様と接したことがないライラは、少し気圧され気味で小さな声だ。「はい、宜しくお願いします。」
「ふふん、昔を思い出す。ヒューゴに言われて、夫のウォーゼルが貴方に闇属性の波動を授けたのは、今から何年前だったかしら。」ビボウが、懐かしそうにオヤジに笑いかけていた。
さて、何をされるのかな。次の展開を心配して、ライラは少しモジモジしている。
「光属性の波動で満たしてあげる。私達の波動は少し強いけど、抗う必要はないわ。」ビボウは、大きな両手をライラに差し伸べた。
「さあ、私の手を取りなさい。」
ライラは恐る恐る、ビボウの両手をつかんだ。手と言うより、指の先だ。早くもジワリと圧が伝わってきたようで、ライラが身震いしたのが分かる。するとミルカが、後ろからライラの体を支えるようした。
「いくわよ。すべてを受け入れなさい!」とビボウが言うなり、ライラの体が痙攣するように震えた。
そして一瞬で気を失ったようだ、だがその体をミルカが後ろからしっかりと抱き止めていた。
◇ ◇ ◇
飛竜の洞窟の入り口近く、ミルカの膝枕で横たわるライラがゆっくりと目を開けた。「あれっ、私、どうしちゃったの?」その顔を、ビボウが上から覗き込む。「どうだった?私からの光の波動は?」
「えーっと、山吹色の光が弾けて、それからは覚えていないわ。」ライラは、モゾモゾとミルカの膝から体を起こした。
「まだ、闇の波動が揺らいでいるかい。」ビボウが聞いた。
「えっ、待って。」頭をフルフルと揺らす。
「いいえ、揺れてはいない。虹色が見えない、真っ白な私だわ。」ライラは、大きく目を見開いた。
「ああ久しぶり、こんなに静かな心。」その目から、ポロポロと涙が溢れた。
良かった、ルメナイさんの見立ては正しかったようだ。
強力なビボウの光属性の波動を受けて、ライラの闇属性の波動が共鳴したのだ。これでライラの心の乱れもやがて消えてくれるだろう。これは、飛竜の力強い波動ならではの治療だったのだ。
「上手く行ったようね。それでは、手の平にまず闇の波動を念じてみなさい。」ビボウに言われて、ライラは右の手を開いた。周囲の光を引き込む漆黒のモヤが、手の平に乗っている。よく見るとモヤが渦巻いているのが分かる。なるほど、これが彼女のそして彼女の里の者の闇属性の特徴なのだ。
「渦巻いているのね、珍しいものを見たわ。」クレア母様がライラの手の平を覗き込む。
「うん、でも揺らいではいない。次は、光の波動を念じてみなさい。」またビボウに言われて、ライラは今度は左手を開いた。
やがて小さな光が、手の平にポウッと浮かんだ。右手の闇属性の漆黒のモヤに比べれば、ずいぶん小さい。そしてよく見れば、この光も渦巻いていた。
その光に目をとられていたせいで、俺は気付くのが遅れたようだ。不意に周囲が静まり返っていた。オヤジもクレア母様も、そしてビボウも、驚いた顔でライラを見つめている。
何だ? どうした? 何があったの?
ビボウが、ようやく口を開いた。「驚いたわね、両手で闇と光を操るなんて。ライラ、貴女は両の手に別な波動を乗せることができたの?」
あっ? そうか! 両手で波動を使い分けるのは、賢者にしかできない技なのだ。もちろん俺にはできないぞ。
俺ならば、片手の平で属性を切り替える。それなのにライラは、右手に闇属性のモヤを浮かべたまま、左手に光属性の波動を浮かべて見せたのだ。
ライラは、自分の両手の平を眺めている。「いいえ、こんなことは初めてです。でも、せっかく揺れない闇の波動を見たのに、消してしまうのが惜しくって、それで、」
「なるほど、それで無意識のうちに左手を使ったわけね。」ビボウが、フンと鼻息を漏らした。多分、呆れて笑ったのだ。
「貴女、賢者の素質があるわ。このまま光属性の鍛錬を積みなさい、その左手の光が右手の闇と同じように大きくなったとき、貴女は賢者に目覚めるでしょう。」
(続く)




