その1 里帰り
魔動機がサホロの治療院に到着したのは、昼を少し過ぎた頃だ。
治療院の食堂では、オヤジと三人の母様、そしてここで働いている兄妹が、俺たちを歓迎してくれた。
いや、見渡せば、今日は妹ばかりだな。
俺と同い歳、カレン母様の長男カークは昨日から出張警護中だし、クレア母様の長男ワタルと長女のサホは治療士として、そして俺の直系の弟タケルとカレン母様の次男ヤクサは薬師として、揃ってウスケシの治療院で働いていて、ここにはいない。
さっそく、ワイワイと食事になった。
一緒に来た嫁のミルカは、同じ猫耳を持つ俺の妹たち、俺と同い年のカミラ、そして四つ下のユラと親し気に話している。この妹二人はカレン母様の子だから、人族との混血だけど、共に獣人族の遺伝子をその容姿に色濃く受け継いでいる。
この妹二人にしてみれば、一族の長兄たる俺が獣人族のミルカを嫁に選び、新しく猫耳の姉ができたことを喜んでいるのだ。
一方で、四つ下の妹でクレア母様の次女、額に控え目な角を持つミヒカは、純粋な魔族の娘ライラと何やらヒソヒソ話だ。魔力の強い者同士、共通の話題でもあるのだろうか、時折笑いを交えて話は尽きないみたいだな。恋愛相談かもしれない。
今日はライラの体調も良さそうだ、いやルメナイ網元の診断を聞いて納得したからだろうか、まるで昔の、俺が愛した頃の彼女を見る気がする。
そして俺の横には、サナエ母様が産んだ俺の直系の妹コノハナがいた。二十歳の俺、そしてこの妹は五つ離れて十五歳だ。今この場にいる純粋な人族は、オヤジとサナエ母様を除けば、俺とコノハナの二人だけということになる。
その妹が、眼を輝かせて聞いてきた。「ねえ兄様、ミルカ姉を最初の奥様にしたこの次は、ライラさんも娶るんでしょ?」コノハナは、こんな話が大好物の年頃だ。
「ああ、もしライラが回復してくれたら、な。」おれは正直な気持ちを言ってみた。
「お兄様も奥様が一人じゃ済まないかぁ、見た目はパッとしないけど、やっぱり父様の息子だわね。」
パッとしなくて、悪かったな。確かに俺は、クレア母様やカレン母様の子供達とは違ってイケメンじゃないけどな。そう言うお前だって、とりたてて美人でもない平凡な人族の娘だよね。まっ、お年頃の乙女相応に、可愛いけどさ。
「あとは人族の嫁を見つければ、兄様も父様に続いて三種族の嫁が揃うわね。今度、私のお友達を紹介してあげよっか?」
お前、俺を何だと思っているの? 俺は嫁の蒐集家じゃないんですけど。
からかってくる妹を無視して、俺は昼飯を急いで腹に納めると、オヤジと三人の母様がいるテーブルに急いだ。手短に、ルメナイ網元の診断を伝える。
「ふーむ、そのルメナイという男、何者なのだ?」カレン母様が訝し気に聞いてきた。
「周りからとても信頼されている、立派な網元さ。どこかでカレン母様にも、父様とクレア母様にも会ったことがあると言っていたよ。」
「治療院で、私とサナエやクレアと会ったのならわかるが、カレンがいただと? それは妙だな。」オヤジも怪訝な顔だ。
「父様のお陰で今の私は幸せだ、とも言ってた。きっと昔、どこかで治療してあげた患者じゃないのかなぁ。」
「私は、ハルウシの先の漁村まで治療に出たことはない。おかしな話だ。」
「それよりも、人族なのでしょう。どうして波動や魔素が感じ取れるのか、そちらの方が不思議ですね。」そう言ったクレア母様が、続けて意外な言葉をつぶやいた。「そして、その診断が正しいのだとしても、私でやれるかしら。それが問題ね。」
クレア母様でも自信がないの? 思ってもみない言葉に、俺は驚いた。
「以前にも看たけど、あの娘。闇属性の魔力がとても大きかった、私に匹敵するほどなのよ。」
そうなのか! 俺には魔力が測れないから、クレア母様にお願いすれば何とかなると思い込んでいた。けれど、これは簡単ではなさそうだぞ。ライラの魔力は、そんなに強かったのか。確かに強力な治療士だったけど、
「クレアが出来なければ、やれるものはいないな。スルビウト様を頼ってみるか?」と言ったのはオヤジだ。「或いは、ちと荒療治になるがウォーゼルやビボウの力を借りるか、だ。」
うん? 飛竜様? その考えはなかったな。
「私の魔法の師匠は、人族の賢者だった。そしてその師匠も私も、光と闇の属性の神髄は、飛竜から伝授されたものなのだ。」とオヤジが言えば、
「あら、そうでしたね。では、さっそく相談に行きませんか?」と、クレア母様の決断は早かった。
(続く)




