その3 網元の名代
そこまで言って、網元は俺を見る。「カズラ、君は光も闇も上手く扱うようだが、残念ながら魔素量が乏しいな。このお嬢さんのような強力な魔導士の治療には、力不足だ。」
ルメナイさんがふたたび車座に戻り胡坐をかくと、待っていたとばかり可愛い子供達が網元の膝の上に殺到した。俺の横にいるミルカが、それを羨まし気に見ていた。
「申し訳ないが、私は波動が見えるだけだ。そこに干渉できる魔力はない。誰か魔力の強い者が、光属性の波動を浴びせてくれると良いのだが、」網元が、そう言って俺を見て首をかしげる。
俺の心は、既に決まっていた。これはクレア母様に頼むしかない。
「はい、それなら心当たりがあります。今日はまだ早いので、これからサホロに飛んでいこうと思います。」
「おお、そうか、サホロの街に当てがあるか。」ルメナイさんは、ニッコリと笑ってくれた。この人には、本当に頭が下がる。親身になって他人のことを案じてくれて、そして進むべき道を教えてくれる。周囲から慕われるのも、尤もだよな。
ちょうどその時に、この家の戸口に人が立って声を投げてきた。誰かが網元を訪ねてきたのだ。「はーい!」と応えて、奥様がその客人を出迎えに席を立つ。
「あなた、アバパールさんがお見えですよ。」と言った。
「おお、来たか、待っていたぞ。」網元は、その客人を手招きした。
日焼けした体格のいい男が入ってくると、網元に軽く頭を下げる。「親方に呼ばれた気がしたので、参上しました。」
んっ? 呼ばれた気がした? 勝手にそう思って、訪ねてきたのか? それなのにルメナイさんは、当然だという顔をしている。どうなっているの?
そんな疑問が顔に出たらしく、その男は俺に笑いかけた。「いつものことなのですよ。親方が部下に用事があるときは、こうして呼ばれるのです。」俺には、わけが判らなかった。
「カズラ、紹介しよう。俺の右腕アバパールだ。」
その男が、今度は俺にも頭を下げた。「貴方がカズラか、話は親方から聞いている。缶詰工場の件は、これからは私が窓口となるよう指示されている。よろしく頼む。」
聞けば彼は、ルメナイ網元が信頼を置く副官であり、今回の缶詰工場に関する一連の作業計画に、網元の名代として関わってくれるという。原料となる魚の供給から始まって、缶詰工場の建設から従業員の確保、いざ稼働が始まれば工場の運営管理、そして製品を商人に引き渡すまでの全てを、だ。
優秀な人物だと、すぐに分かった。
そして彼は、網元とは違って機械が嫌いではなかった。ボットを自宅に置いて、遠隔会議に加わることもすぐに了承してくれたし、いずれ魔動機で俺と一緒にハルウシまで飛んでくれると約束もしてくれた。
実は、ルメナイさんがこの漁村から離れる気がないので、どうしたものかと考えていたところだ。今後は彼が窓口になってくれるとは、有り難い。
網元が、そんな俺を見てニヤリと笑う。「私は、直接 顔を見ながら話すのが流儀だが、カズラの様子からしてそれでは埒が明かぬらしいからな。これからは、このアバパールと進めてくれ。私は、彼から報告を聞くことにしよう。」
俺たちは、網元に礼を言って家を出た。
アバパールさんの元には、後でボットを差し向けることを決めておいた。網元とは違って、ボットが届くのが待ち遠しいと彼は話してくれたのだった。
◇ ◇ ◇
魔動機に戻ると、タローにボット経由でクレア母様と繋いでもらう。まだ昼前だから、きっと治療士として忙しくしている時分だが、午後からの母様の時間を少々拝借しなければならない。
しばらくして、ボットの表面にクレア母様が大写しになった。ボットの画面越しにもオーラが伝わってくる気がする。
相変わらず綺麗なクレア母様。俺の三人いる母様の中では誰もが認める一番の美人で、しかも切れ者だ。賢者を越える聖母、俺が知る限り世の中で一番の魔力の持ち主。あっ、スルビウト様がいるけどな。
どうしてこんなに素晴らしい魔族の女性が、冴えないオヤジの嫁になったのだろう。それが俺には、今でも不思議でならない。魔法戦で勝ちを拾ったとか聞いたけど、それってあり得ないだろ。俺の生みの親、サナエ母様なら、確かにオヤジとお似合いだと思うよ。うん。
「カズラ、急にどうしました? お前では手に負えない患者が、いるのですか?」
ほーらね、クレア母様は察しがいい。
「はい、母様にも以前見てもらったライラです。どうやら治療法が分かったようなんです。」
「まあ、それは良かった。そこからだと魔動機で二時間ほどですね、私の午後の時間を空けておきましょう。それと、お前たちの昼食もサナエと用意しておきますから、一緒に食べながら話を聞きましょうか。」そして、この判断の早さだ。有難う母様。
魔動機は、サホロの治療院に向けて飛び上がった。
そう言えば、ライラはルメナイさんと初対面だったな。俺は何気なく聞いてみた。「網元はどうだった?」
「静かに澄んだ薄紫色。広く、深く、大きくて、そして暖かな心。生きる喜びに溢れているけど、小さな悲しみも見えた気がした。何だろう? 切り離された寂しさみたいな、」
ライラは、ごくりと唾を飲み込んだ。「見透かされそうだ、なんて言ってたけど、とんでもないわ。多分、私に見えたのはほんの一部分だけ。」
そして、ポツリと付け加えた。「あの方は、本当に人間なのかしら?」




