その3 ようこそ地球へ
実験船ソルマール1のブリッジに、女神キュベレが実体化した。空いた席に、突然 姿を現したのだ。前回、ゾラック16をこの星系に運んでくれた時と同じ、当時のユニフォームを着て、髪は短めにまとめられている。
「ようこそ、太陽系へ。今回は、この三人で来たと言うわけね。」
「ごきげんよう、キュベレ。」オルは、驚きはしたが、慌ててはいない。むしろ、もしかしたら来てくれるかも? と期待していたぐらいだったから、この女神:超種族との再会を嬉しく思っていた。
キュベレは、全周スクリーンに映る漆黒の泡を面白そうに見ながら、「五次元泡ね、飛躍的な進歩だわ。どこかで好意的な隣人を得たのね。」と指摘してきた。
「はい、隣の渦状腕で、優れた文明と出会い教えを乞いました。」ラダが答える。
「私達には、今のところ太陽からこの距離を取るよう、制限を与えられているのです。」コリーンが言葉を続ける。
「あら、賢明ね。もっとも、内惑星系に門球を開かれたら、すぐに私が排除していたでしょう。」
「いずれは私達も、惑星外気圏への転移を実現したいものです。」ラダが少し力んで見せたのだが、
「座標の精度が悪くって、主星を吹き飛ばした種族も過去にはいたから、気を付けなさいね。」と女神に諭されてしまった。コリーンとラダは、顔を見合わせて苦笑いする。
「今回は実験飛行なのね。生き物係さんに会っていくの?」キュベレがオルに尋ねる。
「キュベレは、未来が見えているのよね?」オルが、不思議そうな顔をした。
女神が、皮肉な笑顔を見せる。
「ジローがこの星に来る前は、すべての事象が見通せたわ。でも、彼が来てから、特に彼が二度目の時空震を起こしてからは、私達にもここの未来が確定しない事が多くなった。」
「ジローの子供が増えるにつれて、ここはますます判らなくなるの。これは、おそらく神の実験なんだと言うのが、私たちの最近の学説なのよ。」そう言うと、キュベレは差し出されたコーヒーを、コクリと飲み込んだ。
「魔素を失い、魔法が滅び、魔人や竜族が絶滅して、その後に人類が栄えるのが、これまでの宇宙の在り様だったの。ところがここでは、魔素が新たにもたらされ、魔人は滅んだけれど竜族は生き永らえた。人族と竜族が、AIの管理下でともに栄えている星なんて、学会が知る限りここだけなのよ。」
「それが、神の実験、ですか?」
「そう、この宇宙の新たな可能性が、試されているんじゃないか? っていう事。まあ、あの種族の企みなんて、およそ私達にも理解不能なのよね。」
へえー、キュベレの種族にとっても、神の種族の意図は判らないものなのか。オルは、ちょっと意外だった。
「貴方たちの、今回の実験の成功を祝福するわ。」
「有難うございます。」
「これで、異なる文明間での通商が、視野に入ってくるわね。」
「えっ、恒星間の貿易と言うことですか?」とオル。
「そう、門球を介した、特産品のやり取りとかかしらね。この辺りは、少し未来が見えているのよ。」
「それと上位の文明からの教育ね。」
「我々が、イオタ文明からこの超空間転移技術を伝授されたように、だな。」とラダ。
「でも、ジローの属する文明は、まだまだ科学的には未開ですよ。」コリーンが拘る。
「あら、全ての文明が蒸気機関から核融合までを、自前で開発しなければならない規則なんてないわ。」
「でも、飛躍が過ぎませんか?」
「そうかしら、私には一世紀もしないうちに、ここの人類が超空間転移で銀河を飛び回るのが、目に見えるようだわ。人類の好奇心って、そういうものよ。」
コリーンは、まだ言い返そうとして顔を上げたが、フウとそのまま宙を仰いだ。
「そうでした、私もそんな知りたがりの人類の一員でしたね。」
笑いながら、オルも同意する。「そうよね、私がここの技術者だったら、ジローの友達の飛竜も乗せられるように、宇宙船を設計するかも、」
キュベレが、驚いた顔でオルを見つめた。「それだわ、それがきっと神の狙い!」
「竜族の宇宙進出! これまでなかったシナリオじゃない。有難う、オル。私、急いで学会発表論文を書かなくっちゃ。」
キュベルは、すっくと椅子から立ち上がった。
「じゃあね、貴方達。ジローとの旧交を温めてきなさい。貴方達が深層睡眠で過ごした分、今の彼は壮年期。もう彼の子供達が活躍している時代だわ。」
「ジローによろしく言ってね。そうそう、彼の息子の一人が、これからちょっと危ない目にあうことになるの。これは見えているのよ。見守ってあげてって、ジローに伝えて。」
そう言うと、女神の姿は唐突に、いつものように、消えうせた。