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その6 なつかれる

「負けられない戦いだった。六人で全力で攻めたのに、あっけなく返り討ちかい。そして私らの命を助けるなんて。」

マイカが話しかける。「せっかく手に入れた男を、私のお母様に取られたと思ったの? でも、そうではないわ。」


「あんたの母さんに負けた女さ。慰めてくれなくていいよ。」

「いいえ、違うの。あのヤゴチェの性格は、貴女がよく知っているでしょう。あの人は強欲よ、一人の女で満足する男ではないわ。」

「ああ、それは確かにそうだねぇ。」

「だから、貴女は任務に失敗したわけではない。今は私のお母様に夢中だけれど、ヤゴチェは今でも貴女を自分のものだと思い込んでいるわ。当然のようにね。貴女に加えてもう一人、イイ女と出会えたのが嬉しいの。それだけの単純な男だわ。」


ヌラーラは、目を伏せてフンと笑った。「あんたみたいな嬢ちゃんに(さと)されるとは、私も落ちたもんだ。確かに、あんたの母さんの手際があまりに見事だったから、つい頭に血が(のぼ)ってしまったよ。」


フラフラと立ち上がる、だがまだ足元がおぼつかない。かなりのダメージが残っているな。仕方がない、回復してやるか。俺と目が合ったマイカが、ウンと頷いた。

範囲回復魔法(エリアヒール)!」俺は、六人の魔族を癒してやった。まあ、回復魔法は得意な俺だ、商売柄という奴だ。


ついでにストレージを展開して、俺は目の前の空間にぽっかりと浮かんだ光り輝く輪の中に手を入れた。奥からゴソゴソと、いくつかの瓶詰(びんづめ)を取り出す。

「ほら、干し葡萄(レーズン)だ。これはブドウ糖(グルコース)の含量が多いから、すぐ体のエネルギー源になる。今のお前たちには、一番必要な栄養素だ。頭がシャキリするぞ。」


六人の魔族は、その瓶を受け取るとさっそく蓋を開けて、中身を手の平で受けるとすごい勢いで食べ始める。ああ、俺も人が良すぎるな。この干し葡萄は、趣味の菓子作りのために取ってあった高級品なんだぞ。


食べ終えて、しばらくして立ち上がったヌラーラが、妖艶に笑ってみせた。うん、少しは元気が出たみたいだね。

「ワタル先生だったねぇ。回復魔法は素早いし強力だった。そして今のは、伝説に聞く収納魔法ってやつかい? 初めて見たけど流石は賢者様だ。私らで勝てる相手じゃあなかったみたいだねぇ。」


今度は、おだててきたか。何を考えている、この魔族の女。

ヌラーラは、一歩、二歩と俺に近づいた。「私らを助けたついでだ。ここは先生を襲ったことを、ヤゴチェの旦那には黙っていてくれると有難いんだがねぇ。」


「もうしないと約束するなら、言わないでおいてやるよ。」

「そうかい、話が分かるねぇ。約束するよ、もうあんたを襲うことはしない、むしろ仲良くしたいと思っているのさ。」


ヌラーラは、もう一歩進んで俺の目の前まで来た。「強くて、そして優しくて、しかもちょっとイイ男だ。惚れたねぇ。」と言うと、周囲の部下たちに「ほら、お前たちも挨拶をするんだよ!」と声をかける。


五人の魔族が、被っていたフードをはずして顔を見せた。紫色の角が目を引く、女三人、男が二人か、皆いい面構えをしている。


こんな集団を(ひき)いるこのヌラーラ、何者なんだ? さっきマイカが「任務に失敗」とか言ってたよな。てことは、ただの市長の愛人ではない。目的があって市長に取り入った、どこかの組織の諜報員(エージェント)ってやつなの?


「私の部下、隠れ里の選りすぐりの若者たちさ。魔法も、暗殺剣技もそれなりに仕込んである。これからはあんたにも従わせよう。存分に使ってやっておくれ。」

五人の魔族の若者は、揃って俺の前で膝をついた。


「もちろん私もさ。ヤゴチェの旦那の次に、あんたも私を自由にしていいんだよ。殺しだけじゃないさ、大人の女として先生にはいろいろ教えてあげたいもんだねぇ。」そう言ってヌラーラは、俺の横にいるマイカに目線を投げる。


「嬢ちゃん、可愛いあんたはワタル先生のお嫁になるのかい。だけど、まだお子様だねぇ。あんたが大きくなるまでは、先生は私に預けておくれな。」と捨て台詞を吐きやがった。


俺の手を握っていたマイカの手に、力がこもる。「お兄様が優しいからって、あまり調子に乗らない方がいいわ。」ありゃ、これは随分とお怒りだ。そうそう、俺なんかよりマイカを怒らせない方が、あんたの身の為だぜ。


「おお、怖いねぇ。さあて私らは、あんたのお母様のお泊りの支度がある。今日のところは、これで消えるとするか。」そう言うと、部下たちに「引き上げるよ!」と声をかけた。


 ◇ ◇ ◇


市庁舎に向かって去っていくヌラーラたち。

それを見送りながら、「やっぱり、殺しておけばよかったかな?」マイカの物騒(ぶっそう)な独り言が聞こえた。

(ワタル編 了)

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