その4 賢者殺し
俺たちに向けて、魔力攻撃が集中した。俺は咄嗟に魔法障壁を展開した。賢者の俺が張ったこの障壁は、堅固な作りだ。これを打ち破れるものは、いないはずだった。
激しい火炎、轟く雷鳴、叩きつける石礫、強力な魔法が俺の魔法障壁を揺るがし続けている。これは飽和攻撃ってやつだ。
今のところ、全てを防ぐことができている。しかし、こちらは障壁を張っている限りは、反撃ができないのも確かだ。
敵はおそらく、高価な魔素飲料を準備してきたのだろう。だからいくらでも魔法が打てる。奴らは本気なのだ。
一人一人の魔力は賢者の俺に劣っても、皆で魔法を集中すれば攻撃力で優勢に立てる。そして奴らは魔素を補充できるのだ。咄嗟に障壁を張ってしまった時点で、俺は詰んでいた。これが賢者殺しというわけか。
俺の魔素が、徐々に削られていく。このままでは、持ちこたえられなくなる。どうすればいい? 俺は少し焦り始めた。
「お兄様、私に任せて。」と、マイカが静かに言った。
何だ、お前の魔素を譲渡してくれるというのか? 確かにお前の方が魔素は多いらしいが、それで間に合う保証はないぞ。また空っぽになったら、どうするの?
俺の心を読んだのだろう。「ううん、そうじゃないの。見ていて!」そう言うと、マイカは広げた両手から何かの波動を放った。鈍く銀色に輝くその波は、ゆっくりと内側から俺の魔法障壁を突き抜けると、その外側で停止した。
そんな馬鹿な! 俺の障壁を通り抜けただと!
「うん、出来た。お兄様、もう障壁を解除しても良くってよ。」
本当なのか? だが確かに、敵の攻撃は今や俺の障壁に届いていない。マイカの展開した、あの銀色の膜のようなものが、猛攻を防いでいるのだ。
俺は、恐る恐る障壁を消した。ふうとため息が漏れた。
「マイカ、あれは何だ?」
「時空魔法で作った泡、あの前と後ろでは時間の流れが違っているの。だから攻撃はこちらに届かない。」
「そんなもの、どこで覚えた?」
「クレアお母様が教えてくれた。お兄様が危険な目に合ったら、お使いなさいって。」
「母様が予知したというのか?」
「ううん、女神様が言ったって。ジロー父様の息子の一人が、ちょっと危ない目にあうって、昔のお仲間に伝えたみたい。」
女神様って、オヤジからさんざん聞かされた、あの超種族キュベレのことか? そして昔の仲間? それって、このあいだまでこの星の周回軌道にいて、あの会議にも参加していた彼らのことか? 俺は混乱した。
「お兄様、この人達はお兄様を殺そうとした。私が殺してもいい?」
俺はギョっとする。「だめだ! 殺してしまえば取り返しがつかない。殺さずに無力化できないか?」
「お兄様、優しすぎるわ。でも、そんなお兄様が好き。」マイカは、そう言うとサッと手を振った。銀色の泡越しに、俺たちを取り囲む魔族がバタバタと倒れるのが見えた。
◇ ◇ ◇
マイカが銀色の泡を消した。辺りは静まり返って、ただ空気がキナ臭かった。あの強力な魔法攻撃の余韻が、周囲にまだ残っているのだ。
あのヌラーラを含めて、六人の魔族が全員倒れていた。呻き声が聞こえて、しかし立ち上がる者はいない。
「マイカ、何をした?」
「この人達を取り巻く時間を早めたの。三日ぐらいかな? 魔素を使い切って、もう魔法攻撃は打てないよ。」
魔族は魔素が枯渇しても生きてはいける、半分魔人の血を持つマイカとは違うのだ。だが何も口にせぬままに三日の時間が奪われたとすれば、脱水症状で命の危険がある。彼らが倒れたのは、それが原因だな。
俺はしばらく考えて、水属性魔法で雨を降らして、彼らを潤してやった。
「マイカ、忘れるな。強い者ほど、相手への配慮が必要だ。安易に相手の命を奪ってはいけない!」
マイカは明らかに戸惑っていた。「お兄様、先に攻撃してきたのはこの人達よ。殺すのは後味が悪いから嫌だけど、どうして助けるの。」
そうだよな、どうしてなんだろう? 俺は甘いのか? たしかにそうかもな。
隙を突かれて、こちらがやられては仕方がない。俺は、マイカの問い掛けに答えられずに立ちすくんでいた。
ヌラーラと呼ばれた女が、倒れたまま雨水を手に受けて口に含んでいる。コクリコクリと飲み込んで、しばらくしてこちらを見上げた。
「何てことだ、賢者殺しが破られるとは。」苦し気に、そう言った。
(続く)




