その3 まちぶせる
その後の打ち合わせは、順調に進んだ。
いや、これはもう打ち合わせと言うよりは、具体的な事業計画だ。このヤゴチェ市長、確かに仕事は出来る男だった。
「電力は、この街の北側からもたらされるのですな。ならば、ここはウスケシ市の北部にあるので好都合です。この市庁舎の近くに受変電施設を建設して、ここから街中へ電力網を地下埋設しましょう。なあに、周囲は私の土地です。適正な価格でウスケシ市に買わせます。」と、話が早い。
「ふうん、適正価格ねぇ。抜け目のないことだ。あんたの土地じゃあ、いろいろと批判が出るンじゃないのかい?」と姉さんが質したが、
「いえいえ、議会は私の意のままです。派閥の議員に少しエサをばらまいて、話を通しておきましょう。」こいつ、仕事はできるが強引な奴だった。
「ここだと、私らマーコット商会からは遠いねぇ。私らは、このワタル先生の治療院のある街の西側に、事務所を置こうと考えているンだよ。」
「ならば、こちらの施設には、貴女様の、マーコット商会の出先の事務所を作らせましょう。宿舎も用意いたします。そうすれば社員の方々は、この場所から仕事に出られます。」
「社員だけかい? 私もここに住んで、部下の仕事を見たいねえ。」
「おお、それは誠に結構。喜んで貴女様の家も建てさせていただきましょう。」
「ふうん、いいのかい?」
「はい、それはもう喜んで。私は、この隣の事務所で暮らしておりまして、近所にお住いいただけるなど望外の喜びでございます。」
「ふうん、そうかい。では頼もうか。寝室は大きく作っておくれよ、体格のいい誰かさんが通ってこれるようにねぇ。」そう言って姉さんは、市長に強力な流し目を送った。心の中で舌なめずりしているのが見えるようだ。
市長がごくりと唾を呑む。その目が期待に輝いていた。
この二人の会話は、魚心あれば水心ってやつだ。もう俺は、とても付き合っていられないよ。
魔族の秘書が、市長に指示されて盛んにメモを取っていた。よく市長を補佐して、仕事にはそつがないようだな。だが、その顔は明らかに表情を殺している。俺は、今度はこの魔族の女も気の毒になってきたぞ。
市長に同情の余地はない。本人は喜んで、姉さんに尽くそうとしているのだから。しかしこの秘書は、ヤゴチェ市長と愛人関係にあるのは明らかだ。その市長の心が姉さんに傾いたのを目の前に見せつけられて、心穏やかでいられるはずがない。
姉さんと市長の熱心で具体的な打ち合わせは、まだまだ続いている。異星技術の説明の仕事を終えた俺は、もはや二人に無視されて身を持て余しつつあった。
「ワタル先生、マイカを連れて先にお帰りな。私は、もっと話を詰めておきたい。なんならここに泊めてもらうからさぁ。」姉さんは、またまた強烈に流し目を市長に投げた。
「おお、そうですな。是非そうしてください。これ、ヌラーラ。ここはもういいから、お客様をお泊めする用意だ。」嬉々として、市長が秘書に命じた。
「はい。」と答えて、秘書は立ち上がると、ドアを開けて部屋を出て行く。しかし、その後ろ姿には、何か危険な波動が感じられた気がした。
◇ ◇ ◇
では俺たちは、帰ろう。このままここにいるのは野暮というもの。姉さんも市長も大人なのだ、俺は余計なことは言うべきではない。
「じゃあ、お先に。」俺とマイカは部屋を出た。
街の外れのこの市庁舎は、街の西にある俺の治療院とは少し距離がある。だから俺たちは、魔動機でやって来ていた。
市庁舎を出て、少し離れた空き地に置いた魔動機に向かって歩いていると、一本道のその先にヌラーラと呼ばれていた市長の秘書が俺たちを待っていた。
「お前のせいだ。」魔族の女が、そう叫んだ。先ほどまで表情を殺していたのに、今の彼女の目は火のように燃えていた。
「おいおい、市長を姉さんに取られたからと言って、俺を責めるのは筋違いだぜ。」
「分かっているさ。だけど私がマーコットを傷つければ、あの人に叱られる。あの女は、お前がいなければ何もできないんだろ。そしてあの人は、お前のことを目障りだと言ったんだ。」
女は、自分の角を指差した。「教えてやろう。魔族では忌み嫌われる紫色の角、私は闇の仕事を請け負う隠れ里の出なのさ。」
いつの間にか俺とマイカは、ぐるりと囲まれていた。ヌラーラを含めて六人、被ったフードの中から揃って紫色の角が見えた。
「我が里に伝わる秘儀、賢者殺し。お前はここで死ぬんだよ!」次の瞬間、周囲から圧倒的な魔力攻撃が俺たちに集中した。
(続く)




