その2 転移8万光年
ボットを送り、出口となる五次元球を拡大してから、一時間が経過した。
「門球に異常はない?」オルがAI:ソルマールに問いかける。
「指定した座標のまま、安定しています。」
「では司令部に、転移申請を出しなさい。」
「送出します。只今、承認を受領しました。」
「じゃあ、行くわよ。ソルマール1は、門球に転移!」実験船の融合炉が、また稼働音を高めた
◇ ◇ ◇
「本船は、転移を完了し、門球を抜けました。成功です。」あっけないほど、何事もなく、即時に、実験船ソルマール1はジローの住む太陽系の外惑星系空間に浮かんでいた。
ブリッジの全周スクリーンの下部には、星の光を通さない漆黒の球面が表示されている。この船も、探査ボットに続いて瞬時に8万光年を移動したのだ。
クルーの目には、門球が直径1kmの漆黒の三次元球体として認識されている。しかし、実際にはこの門球は、五次元の構造を有していた。この球面の内側は、実験船の融合炉によってその構造を保持された実質的なワームホールなのだった。
「あれを通り抜けてきたわけだ。」漆黒の球面を見るラダの表情には、畏怖の念があった。人間の理解を拒む、虚無の空間がそこにある。そもそもが、三次元の生物である自分たちの感覚器では認識が及ばないことを、数学者であるラダは頭の中で理解していた。
「瞬時に8万光年、何の抵抗もなく、こんな移動をしただなんて。」コリーンも感慨を隠さない。
「済んでしまえば、当たり前なのね。こんなにも簡単だなんて。これは革命ね! 理論は、ここ数年かけて勉強してきたのだけれど、」オルも緊張から解放されて、舌が滑らかだ。
今この時から、オルたち人類は、深層睡眠を必要としない、相対性理論による時間の遅れなしの宇宙旅行を現実のものとしたのだ。
「ここからジローの第三惑星まで、惑星間航行速度で数日だな。」とラダが言えば、
「瞬時にここまで来ておきながら、ここから数日かかるなんて、もどかしいわね。」コリーンが苦笑いを返した。
「イオタ星系人は、惑星外気圏への転移が当たり前みたい。私達が、その境地に行きつくには、どのくらいかかるのかしら?」オルがため息をついた。
「残念ながら、惑星至近に置いた門球を、揺れ動く五次元座標の中で精密に指定する事は、現在の我々の技術では不可能です。」AI:ソルマールの声も心なしか悔しそうに響く。
「そこは仕方がない、私たちの科学技術の限界なのだ。悔しいが認めざるを得ない。しかし、必ずいつか実現させるぞ!」ラダが不敵な笑みを浮かべた。
「ソルマール、司令部に報告を。実験は成功した。地球にいる昔の仲間に、挨拶をしてから帰還する。今のところ十日後に再転位を予定している、と。」
「了解しました。」
「それと、第三惑星の外気圏に展開するAI:タローのボットに亜空間通信。到着時刻を伝えなさい。」
「了解しました。」応答するソルマールの疑似音声が、オルにはいつになく昂っているように聞こえた。
「ソルマール、異常はない? 何だか声が弾んでいるように聞こえるわ。」
「地球に向かうのですからね。超種族の科学技術と魔人の魔法科学によって強化され、人格を付加されたゾラック改め超AI:タロー。私はゾラックの派生型ですから、進化した祖先との遭遇を楽しみにしているのです。」そんな返事が返ってきた。
◇ ◇ ◇
「ジロー、オルから亜空間通信が届いた。数日で地球に着くそうだ。今は、木星と土星軌道の中間あたりにいる。」タローの声が、俺の頭の中に聞こえた。
「えっ、突然の訪問だな。あいつらが戻って10年だよな。てことは、戻って、すぐまた出発したのか?」
「いや、何らかの新たな超光速航法を得たと、考えるべきだろうな。しかも木星と土星軌道の中間から、ここまで四日と言ってきた。恒星系内の航行速度も以前の倍以上だ。恐らく、新機構を搭載した船で来るのだろう。」
新たな超光速技術か。またオルの特別講義を、聞かされる羽目になりそうだな。どうせ聞いても、俺には判らンぞ。俺は生き物係だからな。
だが、約束のお土産を持ってきてくれたのなら、これは嬉しい。大型の汎用探査ボットは、いくらでも欲しいからだ。
「ようこそ地球へ、お土産を期待している。」俺は、タローにそう返事をさせた。(続く)