その5 姉さんは治療中
サホがマーコット姉さんの治療を始めて、一ヶ月ほどが過ぎた。
十年来の頬の古傷は、ようやく小さくなってきた。群竜の爪で引き裂かれたと言っていたから、当時はかなり深く傷ついたのだろう。
その後に感染症も併発したらしく、肉芽形成があまり上手く行かなかったみたいだ。派手な瘢痕が残って、綺麗なはずの姉さんの顔に凄みを加えていたのだ。
サホは、治療を決して急がず、数日に一度の施療を丹念に繰り返してきた。
治療魔法は、もちろん俺も得意だ。傷の修復魔法なら、サホに劣るつもりはないが、まあ女同士のほうが何かとやりやすいと思って、俺は治療をサホに任せたわけだった。
いや、正直に言おう。
姉さんを治療するには、手を姉さんの頬に添えねばならない。つまり必要以上に、姉さんに接近しなければならない。
傷はあっても、とても綺麗な姉さんだ。ちょうど三十歳、引き締まった体も痩せているわけではなく、メリハリがある。つまり、男好きのするイイ女なのだ。そして本人は無意識のまま、魅了の魔力をダダ洩れさせている。
化粧っ気もない姉さんだが、近寄ればとてもイイ匂いのする気がして、男心をくすぐられる。香水をつけているわけではない、女盛りの生理活性物質って奴なのだろう。毎晩のように男を抱いているらしいから、きっと良い運動にもなって代謝もいいんだと思うよ。うん。
賢者として魔力には耐性があるつもりの俺も、姉さんの匂いで不覚にもクラクラ、うっとりとしてしまって、姉さんに鼻で笑われた。「私に近寄る男は、皆そうさ。ワタル先生はいい男だから食べてみたいけど、あんたに手を出したらマイカから呪い殺されるからねぇ。」
そんなわけで姉さんの治療は、サホに任せたわけなのだ。
もちろんサホは、それを知らない。「女同士の方がいいよね」と言ってみたら、簡単に「そうね」と返してくれたから、正直いって俺は助かった思いがした。
今でも、あれだけの誘惑 の魔力を振り撒いている。傷が修復できて本来の美貌を取り戻した姉さんが、もし化粧をし、小綺麗な服を身にまとったりしたら、きっと敵なしだ。ひょっとすると死人が出るほどの騒ぎになりはしまいかと、俺は心配している。
◇ ◇ ◇
引きつれた中胚葉組織を、周辺部から徐々に新たに正常な組織に置き換えつつ、その上に表皮の増殖を促していく地道な作業だ。幸い顔面神経には損傷がなかったので、傷が治れば表情を作るのには問題なさそうだ。傷が小さくなるにつれて、姉さんの顔色も明るくなってきていた。
「私も、もう一花、咲かせてみようかねぇ。」と軽口を叩く。
「だったらお母様、私 弟か妹が欲しいな。」とマイカが言う。
「そうかい、ならゾットの子でも産んでやろうか。」
「きゃー! 姉さん、結婚するの?」サホが燥いだが、
「いやいや、結婚なんざしなくとも、子は作れるだろ。第一、そんなことをしたら、ゾット以外の男を抱いてやれなくなるじゃあないか。」と姉さんは、あっけらかんと言ってのけた。
そうか、逆ハーレムの女王様としては、配慮が必要だよね。右腕のゾットと夜を過ごす事が多いみたいだけど、そのほかの配下の男もたまには可愛がってやるのだと聞いたことがある。そして、皆はそれが生き甲斐なのだ。
実は、今回の姉さんの傷の治療は、配下の男たちの大きな関心と期待を呼んでいた。「若先生、綺麗だった頃に戻った姫様に抱いてもらえるなら、俺はもう死んでもいい!」なんて、あのゾットに言われたぐらいだからな。
「子を産んでやる。」なんて聞こうものなら、卒倒するぞ、多分な。
ついでに言えば、俺は姉さんの配下の男共から若先生と呼ばれるようになっていた。皆、俺より歳が上なんだけどな。
魔法を教えている先生の意味合いもあるけれど、いずれマイカを嫁にすることが既成事実化していて、彼らにしてみれば姉さんが第一位、その娘マイカが第二位、その夫となる俺が第三位として尊重されているわけだ。
姉さんの傷の治療が終わるのは、あと一ヶ月ほどだとサホから聞いた。
俺は、その日が楽しみやら怖いやら。
この世の中に、魅力的ながらとても危険な魔女を解き放ってしまうのではないかと、俺は恐れている。
それくらい、姉さんは綺麗になっていたのだ。
(続く)




