その4 派生産業
一週間が過ぎて、再び多元中継会議が招集された。俺は、今日のこの日を楽しみにしていたことを白状しよう。だって、この星の産業革命の前夜なのだから。
今日はタローが、会議を取り仕切るようだ。「皆からの意見を集約して、今日は私から提案としてまとめたものを見てもらおう。」
「まず、輸出品について話を進めていこう。この星からの輸出品は、魚の缶詰と酒の瓶詰めと仮定した。」ボットの画面に、わかり易く製品の動画が展開される。
「まず缶詰だが、当面は沿岸で採れた生魚を原料とすることになる。だが将来的には、魚を凍らせて保存する設備を積んだ、遠洋に出られる大型船を建造する必要があるだろう。この辺りは、漁業者との打ち合わせが必要だ。」
「缶詰の収納容器だが、ブリキを使うことになる。つまり鉄の薄い板に、錫メッキやクロムメッキを施したものだ。」
画面に、ブリキ板から缶詰が作られる様子が、映し出された。
「そしてこれを大量生産するために、ある程度自動化された加工機械を収めた工場を建設する。」
次いで画面には、全自動化された工場の様子が、映し出された。もちろんタローによる合成画像だが、細部まで極めて精巧に作り込まれている。「これは将来像だ、最初からこうはいかない。人手で行わなければならない工程も最初は多くなるが、ゆくゆくは完全自動化を目指したい。」
画面では、工場の中にある大型機械がズームアップされた。
「これらの機械は、主として鉄とその合金で作られる。そして電気で動かす。大きな機械にはビーム送電も可能だが、原則として電気を通すためには電線、つまり銅を線状に加工したものが必要で、それを被覆する合成樹脂も必要だ。」
画面が切り替わり、ドラムに巻かれた電線とその断面が示された。
「つまり少なくとも、各種金属の鉱山を開発し、鉄と銅やその周辺の金属を精錬して加工する産業を本格的に立ち上げなければならない。そして、合成樹脂を製造し加工する産業も、重要となってくる。」
そう、やはり金属と高分子重合体なのだ。そして今、この星にはその専門家がいない。アカネだって、タローのボットから冶金学の基礎を学び始めたばかりだ。
◇ ◇ ◇
ここで、ボットの画面がパッと切り替わった。
三人の顔が並んでいた。俺たちとよく似ているが、何か洗練された様子がある。彼らの背景にある乳白色の壁には、この星を宇宙空間から眺めた下ろしたような絵が映し出されていた。と言うことは、これは宇宙船の中ではないだろうか。
タローの声が説明してくれた。「ジローの昔の仲間達が、またこの地球を訪ねて来てくれた。ここで皆に、彼らを紹介しておきたい。私が説明してきた新しい産業を、そして新たな科学を、これからは彼らが指導してくれることだろう。」
真ん中に映った女性が、話しかけてきた。「ごきげんよう皆さん、私はオル。生き物係ジロー君の昔の仲間よ。」白い肌に栗色の髪を短く切りそろえ、茶色の目をした綺麗な人だ。年齢は判らないが、その目には深い知性とともに強い好奇心が感じられた。
「タローの話を、とても面白く聞いていたわ。私達が提供できるボットや機械の対価として、あなた達は一次産品を提供してくれるのね。喜んで、皆さんへの教育をさせていただくわ。」
「俺たち野蛮人を、指導してくれると言うのだな!」
この声は、カーク兄だな。カレン母さんが最初に産んだ双子の片割れで、同い年だが俺より少し早く生れた。腕っぷしが強くて、今ではサホロの騎士団で竜騎士長を務めていたはず。少々喧嘩っ早いのが、玉に瑕だ。
オルの隣にいた黒髪で浅黒い肌の男が、その碧い目を輝かせて笑顔を見せた。「気を悪くしたなら、謝ろう。だが、これは交易の一環だ、互いを平等に見た経済行為に繋がると言うことを判って欲しい。」
「カーク! 失礼ですよ! 礼儀を弁えてこその武人ではありませんか。」すかさずカレン母さんから、叱責の声が飛ぶ。
ああこれでカーク兄は、今夜の稽古でカレン母さんからしごかれるのが確定だぞ。カレン母さんは、まだ自分が産んだ子供たちに勝ちを譲ったことがないからな。
「ラダ、俺の息子を許してやって欲しい。こいつは、負けず嫌いでね。」そう言って、オヤジがとりなした。
「なんの、気にしてはいないぞ、ジーよ。むしろ俺は羨ましい、こんなに素晴らしい子供たちに囲まれて、お前は幸せ者だ。生き物係としてのお前には、この星の今の環境が最適解だったようだな。」
オヤジは笑顔で、その言葉に頷いていた。
(続く)




