その2 輸出品談義
「オヤジよ、微生物には注意だったよな。」この声は、俺の兄貴。サナエ母さんが産んだカズラ兄さんだな。今は、サホロの街から北の港町オタルナイで、治療院を運営している。人族で魔力が乏しいカズラ兄は、回復術師としては並みだが、薬師としては優れていて経営者の才能もある。
「ああ、もちろんだ。微生物が残っているもの、つまり殺菌していないものは、私の母星には持ち込めない。私が今や、昔の仲間と生身で触れ合えないのと一緒だ。」と、オヤジが答えた。
俺たちの家族の間では、この辺りの会話は抵抗なく交わせる。なんせ生き物係のオヤジから、散々聞かされたからな。皆、生き物の知識はそれなりに持っている。
それぞれの星では発生した生き物は、微生物から俺たち人類種まで、姿形は似ていても、獲得してきた代謝機構は微妙に別物だ。例えば俺が、生身でオヤジの母星に降り立ったならば、たちまち病気になってしまうのは明らかだ。カズラ兄さんは、それを指摘したというわけだ。
カズラ兄は、話を続けた。「オヤジの母星は、科学技術の進んだ星だ。だとすれば俺たちの星から提供できるのは、一次産品しかないよ。つまり農林水産物、食べ物や動物の毛皮とか、それを滅菌できれば向こうでも需要はあると思うぜ。」
「だったら俺の嫁がやっている、穀物から醸した酒はどうだ。あれなら陶器やガラス瓶に入れてから、火入れしているからな。」そう発言したのは、ヨシユキさんだ。奥さんの狐型獣人のローリーさんが酒蔵を経営していて、そこの酒は旨い。酒なら嗜好品として、オヤジの母星でも人気が出るかも知れないな。
「火入れをしていると言っても、実は全ての微生物を殺せてはいない。だが、保存性は増しているから、試しに送ってみて向こうに判断してもらえばいいかもしれないな。」オヤジはそう評価を返した。
「商品取引なら、私たちに任せてよ。」そう言ったのは、サワダ商会のカエデさんだ。この人は、カレン母さんの双子の兄ゲルタン伯父さんを夫にしている。「他の星との商売なんて、ワクワクしちゃう。」やる気満々の様子だ。これって商人魂っていう奴だよな。
「ジロー様、魚は商品になりませんかな。イワシやサケ・マスなどは、私のところでいくらでも獲れます。今でも周辺の里向けに干物にして流通させておりますが、先程の酒のように瓶詰めするなどして、保存性を高める方法があればと思うのですが、」こんな意見を言ったのは、確かハルウシにあるエドナ商会のヨアキム当主だ。
なるほど魚か、完全滅菌できれば人気が出るかもな。いずれにしても、新たな仕事だ。マーコット商会で請け負えば、姉さんも沢山の配下を養っていけるな。
繋がったボット各所から届く活発な意見を聞きながら、俺はそんな事を考えていた。
控え目に発言したのは、魔王国のギランさんだ。「ジロー、私の群竜の肉と卵も忘れてもらっては困るぞ。」
この人は、あの群竜を飼い慣らして、肉と卵を供給する牧場を一代で築いた経営者だ。名誉ある魔王国の護国卿を継がず、それを弟にあたるクリム様に任せて自分は貴族を離れ、人族の奥さんと共に牧場を経営することを選んだ、変な人だ。
オヤジとは親友で、しかしクレア母さんは最初はこの人に嫁入りする話があったらしい。その辺りの大人の事情は、俺にはよく判らない。ただ、ギランさんは例の小惑星の事件で活躍した英雄の一人だ。温厚で鷹揚な紳士だが、魔王国でも屈指の魔導士だと聞いたことがある。
輸出品に関していろいろと発言が出たところで、オヤジが議事をまとめ始めた。
「確かにカズラが言う通り、この星からの輸出品は滅菌した一次産品が良いのだろう。具体的には、酒と、魚と、肉と卵の話題があった。」
AIのタローが話を引き取る。「これら食品の輸出には、滅菌の工程と共にそれに耐えられる容器と包装資材の開発が必要となる。関連の産業を、同時に育成する必要があるな。」
◇ ◇ ◇
「一つ、確認しておきたい。」そう言ったのは、魔王国の現君主アビオン様だ。クレア母様の兄、つまり俺の伯父と言うことになる。
「輸出品の検討はまことに結構。そしてボットが安価に大量に供給されることは喜ばしいが、これは社会を一変させる要素であることを忘れてはならん。ボットの利用方法とその配布計画こそ、皆で慎重に検討するべきであると、今ここで念を押しておく。」
うん、流石ですねアビオン王。
この人は、自らの即位と同時に魔王国を立憲君主制に移行させて、周りを驚かせた。クレア母様と同様、頭の切れる人なのだ。
(続く)




