その1 多元中継会議
マイカのこれからを考えて、マーコット姉さんは娘と一緒に治療院宿舎に引っ越してくることを決めた。
これまで住んでいた街の東側にある家は、マーコット商会の事務所としてこれからも使うらしい。隣には姉さんの右腕ゾットも住んでいるし、姉さんを姉御と慕う配下たちもその周辺に暮らしている。
「そのうちに、事務所もこっちに移そうかねぇ。」姉さんはそう言って、俺の顔を覗き込む。
「敷地は空いている。新しい事務所も、配下の家だって建てられる余地はあるよ。移ってくるなら、歓迎するよ。」とりあえず、俺はそう応えておいた。
「場所を変えると、また新しくお客を探さなけりゃねぇ。配下を養っていくのも、なかなか大変なんだよ。」姉さんはため息を吐く。
「マーコット商会の社員って、何人いるのさ?」
「中心メンバーは、ゾットを含めて五人。昔の私の使用人たち、魔族だね。だけど、声をかけりゃいつでも集まる奴らは、獣人族や人族も合わせてざっとその倍は、いるだろうねぇ。」
へえ、結構な大所帯じゃないか。魔獣討伐や商隊護衛で回していくのは、きっと大変なんだろうな。「治療院の下働きや、患者の送迎なんかで、何人かは使ってやれるけどな。」と俺は言ってみた。
「ふうん有難いけど、出来れば皆で揃って働ける、安定した仕事が欲しいところだねぇ。」
姉さんは、出された茶を含み、それを飲み込んだ。「楽して儲けよう、ってんじゃないんだよ。忙しくてもいいからさ、遣り甲斐があって、出来れば世の中のためになる仕事がしたいじゃないか。」
へぇ、案外まともなんだなマーコット商会。悪者は、あいつ一人だけか。
「それと、先生にお願いがあるのさ。」姉さんはニヤリと笑う。
「マイカには、サホが魔法を仕込んでくれてるだろ。私の配下たちには、あんたから魔法を教えてやってくれないか。賢者様なんだからさぁ。」
うーん、そう来たか。確かに魔獣討伐なんかには、魔法は欠かせないよね。そして姉さんの配下たちは、悪いけど魔族のくせして魔法がダメダメだ。きちんと学んでいないのだろう。これは、姉さんも一緒だけどな。
「分かったよ、基礎から教えてやろう。もしかして治癒魔法の才能がある奴がいれば、治療院のスタッフとして雇ってやるよ。」実は、あまり期待していない俺だった。
◇ ◇ ◇
その夜の事だ。サホロのオヤジから緊急のボット会議が入った。多元中継でボットが置いてある場所を結び、参加できるもの全てに呼びかけたらしい。何でも、オヤジの昔の仲間が、またこの星を訪ねてくると言う。
「私の母星との行き来が、とても早くなった。数日で来れるらしい。これはどこかの文明から教わった、超光速航行技術だそうだ。」ボットの画面で、オヤジも少し戸惑った表情だ。
「どうしてそんなことができるかは、私に聞くな。私は生き物係だからな。宇宙船の推進機構は、ほとんど知らんのだ。」
そうなのだ。俺のオヤジは、物理と数学がまるでダメだ。生き物係だからな。
「早く来れるようになったので、俺の母星の機械をいろいろ運べるようになるそうだ。向こうでは古くなった機械でも、こちらでは十分使える。例えば、今ここで使っているボットも、格落ち品ならタダ同然で貰えるらしい。しかも沢山だ。」
ええっ、それは凄いな。俺が子供の頃、オヤジの仲間がもう一隻の搭載艇を置いて行ってくれたから、そこに積んでいた大型・中型・小型ボットは、すぐさま有効利用させてもらった。だが、数はぜんぜん足りていない。
こうして遠く離れた通信にも、魔動機を動かす時にも、そして馬車を牽く馬代わりにも、竜族と魔族には魔素を振り撒く機械としても使える優れものだ。
そして全部が、タローの分身として機能し、タローの指示で動く。タローによれば、この星の周囲にも大型機が配置されていて、外宇宙を見張っていると聞いたことがある。
そんな凄い機械がタダ同然で沢山もらえるならば、俺たちの星には技術革命が起こるぞ。聞いていて俺はワクワクした。
「ジロー先生、美味い話には裏があるよ。ボットを沢山もらって、代わりに私たちは何を差し出すのさ?」そう言ったのはオヤジの横にいるサナエ母さん、オヤジの一番弟子でもある。
「そうだぜ先生、話が上手すぎるとはこの事だ。」そう言ったのは、魔王国の麓にある獣人族の里で治療院をやっているヨシユキさんだ。俺のオヤジの二番弟子で、今ではすっかり獣人族に溶け込んで暮らしている。
なんせ奥さんが素晴らしい尻尾の持ち主で、しかも発酵微生物に詳しい。副業でやっている酒工房が大人気で、オヤジがストレージに入れてくれている酒も、あの里の産だ。
ボット画面のオヤジが、困った顔をした。
「だから、それを相談している。沢山貰えるボットを、この星でどう使うのか。そして私たちは、代わりに何を差し出せばいいのか。皆の意見を聞かせてくれ。」
ふうん、これは面白くなってきたぞ。
(続く)




