その1 魔素量の謎
「ねえねえ、お兄い。マイカちゃんを選ぶの?」ある時、サホが聞いてきた。
「選ぶって、何だよ。」
「ええっ、お嫁さんにするの?って、聞いてるんですけどぉ。」食い下がられた。
「俺にはアカネがいるよ。」俺はそう答える。幼馴染で同い年の人族、サホロの街の鍛冶屋の娘アカネのことは、サホだって知ってるだろ。
「アカネさんは、サホロでお勤めでしょ。そしてオヤジの星の技術を学んでる。冶金学って言ったっけ?」そう、アカネは俺の実家の学校で、子供たちに理科を教えている理系女子なのだ。
「お兄い、しばらくアカネさんとは会ってないよね。学校の先生は、毎日忙しいもんね。」サホは、俺の顔をのぞき込む。そうだな、確かにしばらく会ってない。思わず俺は、アカネの柔らかな抱き心地を思い起こしていた。
アカネとは、子供ができたら結婚して一緒に住もうと決めている。ここウスケシの街にも、学校を建てようという話があるのだ。ここで理科の先生を続ければいい。
彼女の冶金学の研究だって、ボットがあればここでも続けられる。実家の鍛冶屋を実験場所として使えなくなる」って彼女は言ってたけれど、引っ越してくるならアカネ専用の実験施設をこの敷地に作ってもいいと、俺は考えていた。
「ねっ、だからぁ、マイカちゃんは現地妻ってやつよ。」
お前、どこでそんな言葉を覚えたの?
「まだアカネと式を挙げてもいないのに、二人目の嫁を貰えってか? それは俺の主義に反するな。」
「あっ、てーことは、マイカちゃんの事も憎からず思っていると言うことでいいのかな? この色男は!」
こらこら、兄をからかうものではない。「あの子は今、十四だろ。俺は二十歳だ、ちょっと離れ過ぎてやしないか?」
「あら、それくらいアリよ。あの子、お兄いが大好きよ。そして、とっても綺麗じゃん。愛があれば歳の差なんて!」やれやれ、いい気なものだ。
俺の妹サホは、兄の俺が言うのも何だが、すこぶる美人だ。それを言うなら、その下の妹ミヒカも、そしてその下の妹ハルカだって、クレア母さんに似て美女揃いだ。
だが健康を取り戻したマイカの美しさは、俺の妹たちとは、何と言えばいいのか、そう次元が違っていた。溌溂として、まるで命が迸るようで、神々しさと、そして見るものをハッとさせる劇的な可愛さがある。
「昔は儚げでお人形さんみたいだったけど、ポッドから出てきたらもう可愛くって眩しくってさ。ねえ、お兄い、もうお嫁さんにしちゃいなよ。」なんだ、サホこそマイカに惚れ込んでいるらしい。
「そしてさ、あの子の魔素なんだけど、」
んっ、魔素がどうした? あの子の魔素量が大きいのは、俺も分かってるぞ。
「私より多いよ、あの年でさ。」
へえ~、それは凄いな。歴代最強の魔素量と言われたお婆様、それに次ぐと言われ、聖母になってからはその母を越えたクレア母様。長女のサホは、既にその母様に並ぶ魔素量だったはずなのに。
「魔法の指導をするために、まずお互いの魔素量を確かめ合ったの。そしたらあの子、私の五割は多かった。まだ十四歳よ、末恐ろしいわ。」
周囲から魔素を汲み出す能力は、遺伝的なものだ。これは訓練で伸ばすことはできない。母系遺伝する細胞質の中の、細胞小器官に依存するからだ。
「お婆様とクレア母様、そしてマイカもお前も母系で繋がっているよな、まあ俺もだけどさ。」
「そうね、で、お兄いはもう母様より魔素量が大きいよね。」飲み込みのいい妹は、俺が何を考えているか見当がついた様子だ。
そう、俺は十八を過ぎた頃に、魔素量で母様を越えた。魔素量は二十歳を過ぎてもまだ増えるものだから、俺はもう少し先まで行けるのだろう。サホだって今、十八でもう母様に並ぼうとしている。
「ジロー父様の遺伝子ね。」
「うん、あれだけ少ない魔素量でもオヤジは賢者だ。確かに魔力操作は上手い、けど見た目の魔素は俺たちの半分にも届かないよな。」
長年考えていた仮説を、俺は妹に話して聞かせた。「きっとオヤジの遺伝子に、何か仕掛けがある。俺やお前の魔素量が母様より大きいのは、そのせいだと思うんだ。」
「あの女神様が、ジロー父様が魔法を使えるようにしたって聞いたわね。」
「そうだけどな。いや、つまり俺が言いたいのは、」
「マイカちゃんのお父様が誰だったのかっ、て事よね。」サホに先回りをされてしまった。こいつも母様に似て、頭がいい。
「俺たちの母系遺伝を増幅する要素を、オヤジよりも更に強く、マイカの父親が持っていたんじゃないかって事さ。」
「これは、マーコット姉さんに聞いてみる必要があるわね。」
(続く)




