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性善説

作者: 花織

昼下がりの部屋。

飼い猫の悪戯でテレビが点いた。

つらつらと流れるテレビのニュース。


「……では、……の捜索……」


うとうととしながらソファに横たわっている。

夜勤明けで疲れてるのだ。ニュースなんかには興味ない。勝手にやっててくれ、と消すためのリモコンを横着して手だけ伸ばしながら探す。


「……懸賞金として1億円が……」


何?今なんと言った?

寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。


「この忽然と消えた本を見つけて届けてくれた方には懸賞金として1億円を支払うとのことです。」


1億!?そんなにあれば今の仕事なんかさっさと辞めてやるのに。

まあ見つけられはしないだろうがもし、だ。もし見つけられた時のためにテレビに映るその本を携帯のカメラで撮影しておいた。

どんな本なのかは知らないが懸賞金を掛けてまで探す価値のある本なのだろう。見つけたら値上げ交渉してやろうとほくそ笑んだ。


---------------------------------


また別のところ。

昼下がりのニュースを席巻した懸賞金のかかった本のことを街頭のテレビで耳にした。

一昨日、私が盗んだ本。これさえあれば世界は私のもの。

懸賞金をかけたところで見つけ出させやしない。

だって。この本はなんでも叶えてくれるんだから。


元の持ち主は都市伝説かなんかで世界を裏から操っていると言われていた家で、この本の効果を見るにそれは本当だったのだろう。

私はその家のメイドだった。今頃私が盗んだことくらいはバレてるはず。でも私は数ヶ月かけて今回の盗みをしたのだ。主人が寝る時も肌身離さず持っている本を盗むために強い睡眠薬を手に入れて、逃走のためにパスポートも作って旅券も買った。

力を失ったあいつに窃盗ごときで国際手配する力なんかない。

そこで懸賞金と出たわけだ。大金持っているくせにケチりやがって。それでも全世界に配信されたそのニュースは貧困国の人間ほど血眼になって探すようにさせた。


貧困でもなければ富豪でもない自由な国日本。

私が逃走に選んだのはその国だった。

この本はなんでも教えてくれる。

私が「逃げるならどこがいい?」と問うと日本と出た。ただし日本の田舎は見知らぬ人間は目立つから都会にしておけと。


かくして私は日本へ来た。

初めての国だけれどこの本を持っているだけで言語が分かった。それはリュックに入れてても大丈夫なようだったから人目につかないようにできた。

難民申請をして帰化してここで一生遊んで暮らすのだ。

本の教えの通りにことは進んだ。

本当にすごい本だ。念じればお金も出てきた。

そうして数ヶ月が過ぎ、日本ではすっかり本のことなど話題にも上らなくなった。見つけるだけで1億も貰えるというのに日本人は無関心なんだな、と思った。


全てうまくいき、日本ではほぼ通らないとされている難民申請も帰化申請もあっという間に通った。

全てこの本の力か。その魔力に囚われてしまうのもわかる気がした。盗んだ私が言うことじゃないかもしれないが最初は半信半疑だった。

主人がメイドにチップを渡す時に本がお金を出すのを見てもなんかの手品だろうと思っていたほどで、主人が寝ている時にこっそり忍び込み本に触れ「チップちょうだい」と囁くとそれなりの額のお金が出てきて、「夜食用意しといて」と言うと誰もいないキッチンに夜食が用意されていた。それでようやく信じた。信じるしかなかった。見てしまったのだから。


---------------------------------


あれから数ヶ月経ち本のことなどすっかり忘れた頃。夕方。

やばい。寝過ごした。

間に合うように急いで準備を済ませて仕事に向かおうとしていた。

その道中、一人の外人の女とぶつかった。

こっちが駆け足だったからか相手の女は勢いよく飛び倒れた。急いでる時に限ってこれだ。

荷物が散乱してしまったので急いで拾い集めて渡した。その中に見覚えのある本があった。

どこで見たかも覚えていなかったが確か凄い本だったっけ。まあどうでもいい。仕事に遅れる方が大事だ。「おー、そーりー!そーりー!」と伝わるかわかんないくらい拙い英語でもう一度謝ると再び駆け出した。


今日の仕事は散々だった。

何かがずっと頭に囁きかけてきて集中できなくてミスばかりだった。

知らない間に呪われたのか?それにしては声は「願いを言え。」ばかり言ってくる。

あまりにしつこかったからとうとう頭にきて頭の中で「じゃあ仕事に集中させてくれよ!」と言うと声は聞こえなくなった。

あれはなんだったんだ。思い出すだけでゾッとする。


それにしてもあの特徴的な本、どこかで見た気がするんだよな、と思い返してようやく思い出した。懸賞金1億円の本だ。

なんてことだ。目撃情報だけでも半分くらいくれないかななんて考えたけどすぐに諦めた。

人生を諦めている俺にとっちゃ諦めるなんてのは日常茶飯事だ。ツイてたのかツイてなかったのか微妙だが不思議な経験をした日だったと思い返しながら家に着く。

するとまた「願いを言え。」と聞こえてきた。

仕事が終わったからか?よく頭のおかしい連中が言う電磁波攻撃か何かか?とりあえず疲れてるから「いいから寝かせてくれ。」と念じると急に眠気がきた。やっとの事でいつも寝ているソファまで辿り着くと力尽きたように眠った。


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何かがおかしい。

本が急に何も叶えてくれなくなったのだ。

何度も試した。けれど結果は同じだった。

あの男とぶつかってからだ。絶対に関係があるはず。私はそこで初めて本を深く読み込んで調べた。本の効力について。

それでわかったことがある。


[この本は最後に触ったものの願いを叶える。]

[この本は同じ者が二度触れても一度目しか効力を発揮しない。]

[本を持っているかいないかは関係がない。]


それならなぜあの主人はこの本を取り戻そうとしているのか?一度他の人間が触れたのは確実なのだから諦めてもいいはずなのに、懸賞金までかけて。まさか子息に触らせる気か?

疑問は湧くばかりだったが一生遊んで暮らせる分のお金はもう手に入れた後だ。それならもうどうでもいいかと本をリュックに放り込んだ。


---------------------------------


夕方。

昨日というか今朝は散々だった。

夜勤帰りで疲れていたのだろうか幻聴まで聴いて帰るなりすぐ寝てしまって。

起きると風呂に入って、それから食事を摂った。

「願いを言え。」

まただ。いい加減しつこいぞと思って「まずお前は誰か言え。」と頭の中で返すと「我は願いを叶える為に生まれた魔の本である。」と返ってきて固まってしまった。本はあの時確かに返したはず。ならなんで声がするのだ。どこから聞こえているんだ。

「直接頭の中に語りかけている。」

俺の思考を読むな。

「なんでもいい。願いはないのか?」

しつこいから答えてやるか。

「楽な仕事がしたいし夜勤なんかやめたいし性格の悪い同僚がいない職場がいい。あとは毎日好きなだけ好きなものが食べたい。人生諦めてる俺に願いなんか聞いたってこんなもんだぞ?」と返すと「お前は無欲なやつだな。面白い、気に入ったぞ。叶えてやろう。」と返ってきた。


その直後、電話が来たと思ったら職場だった。

「どうかしましたか?」と返すと「お前は今日でクビだ。給料は日割りで振り込んでおく。もう来なくていい。」と言われて一方的に切られた。

そして頭で声がする。

「この求人サイトでこの条件で検索してみろ。上から三つ目に今電話を掛けて面接を受けろ。悪い人間のいない楽な仕事だぞ。」


勝手なことをしやがって。

無職のままでいるわけにもいかず言われるがままに連絡を取って後日面接を受けたら本当に即採用になった。楽な昼職で嫌な奴がいない、条件と全く同じだった。給料も前と比べて悪くない。これには驚いた。


その上、好きでよく通っているチェーン店にいつものように行ったところ「おめでとうございます!お客様は当店で1000万人目のお客様となります。」と言われ写真を撮られて特典に生涯無料券を貰ってしまった。これが「好きなものを好きなだけ食べられる」か。使うのも恥ずかしいから今度からも普通に頼もうとは思った。


それなら。他に叶えたいことあったっけ、と真剣に考え始めた。しかし考えても考えても浮かばない。値上げ交渉してやろうとは思っていたものの現実になると気が引けるもので。男は真面目に生きてきた。節制を心掛け贅沢を言わず理不尽にも耐え、そうやって生きてきたが為に欲望というものが特になかった。値上げ交渉もネタみたいなもんだ。


「何もないことはなかろう?金でも女でも何でもいいのだぞ?」


そう言われても貯金はちゃんとしてきたし女にも興味はないというか痛い目にあって以降避けるようになっていたからどちらも間に合っている。


「そうはいってもだな……わかった、とりあえず預金は増やしておいたぞ。あとは好きにするがいい。」


普通の人が見たらこんな大チャンスをふいにするなんてと思うかもしれないが俺にはどうでもよかった。ただ何事もなく平和に生きられればそれでいい。それだけだった。次の日何となく預金を見て驚いた。2億増えていたのだから。税務署に見つかったらどうするんだと怖くなって調べたが何故か非課税扱いになっており一安心したのだった。


「おい、平和なんてこの世で一番難しい願いだぞ。わかっているのか?まあいい。お前の周辺くらいは平和にしておいてやる。達者で暮らせよ若者よ。」


最後にそう言い残すと声は聞こえなくなった。


---------------------------------


例の本はまだリュックの中にあった。

どうせもう使えないただの本。

持ち主の主人に返すのも今更だし捕まりたくはないから処分方法を考えていた。

捨てて何か悪いことが起きたらそれも嫌なのだ。

そこでだ。通りすがりの人に声をかけて「これ落としましたよ」と言って渡そうと思いついた。

日本人のことだからきっと否定して返してくるだろうが早々に交番にでも届けてくれる人が現れるだろうからそれで解決だ。

私は本と関係のない人生を送ることができる。

完璧な計画だ。

そうと決まったら実行だ。


ターミナル駅の通路でわざとぶつかった後に本を渡し「これ落としました?」と聞く。

すると何度やっても皆本を触りもせず否定されてしまう。作戦失敗だ。

仕方ない、直接交番に持っていくことにしよう。


近くにあった駅前交番に拾得物として届け出た。

するとすんなりと受け取ってもらえた。

本はそのまま警察署の遺失物保管庫に保管されることになった。

最後に触ったのはきっと保管庫の係の人だろう。

本の話題も忘れ去られた日本ではきっと誰も名乗りを上げないし本に名前もこれといった特徴もないから保管庫に置きっぱなしになるに違いない。

せめて保管庫の人がいい人であることを祈った。


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遺失物の係を任されて数年。

いわゆる窓際族なのだが私にはこれくらいの仕事がちょうどよかった。落とした財布を届けられては中に入っていた身分証を頼りに連絡をして取りに来てもらう。傘や手袋みたいなものは特徴もないので落とした本人が来て確認するしかない。

毎日落とし物をした人が訪ねに来た。特徴を聞きそれにあったものを見せて合っていたら返還したとの書類にサインをもらう。それだけ。


ある日、一冊の本が届いた。

これも特徴もないし保管庫で放置されるんだろうなと思いながら手続きに従って収納した。

その日からだ。あの声が聞こえるようになったのは。


「願いを言え。」

「願いを言え。」


謎の声に言われて思ったが、私には欲しいものは特にないけれど強いて言えば仲のいい人たちが幸せならいいなってくらいだなって。

ところでこの声はなんなんだろう。あの本は呪いの本なのか?それで捨てられてしまったのだろうか。


「失礼な奴だな。我は人々の願いを叶える本だぞ。呪いの本なんぞではないわ。」


思考を読まれてる……?


「ああ、全部伝わっておる。」


そっか。じゃあみんなを幸せにしてあげて欲しいな。


「抽象的すぎる願いは叶えようがないぞ。そもそも幸せなんて人それぞれなんだぞ?」


へー?じゃあ不幸な事故とかから守ってあげて欲しいー?とか?


「それならできるがそもそも事故に遭う運命のやつに限定されるがいいか?」


いいよー?あ、あと今ちょっとお腹すいたからランチパック買ってきてー?ハムマヨね。あとミルクティーも!


「……この我を使いっ走りにするとは……叶えてやるが……なんというやつだ。」


そういうと目の前に注文通りの食事が現れた。

ちょっと気味悪かったけれど食べてみたらいつもの味で安心した。あは〜、明日からも昼ごはん頼もっと。

そうしてしばらくの間何でもない日々が続いた。

昼ごはん代が浮いたから生活はだいぶ楽になった。周りのみんなもいつも通りで安心した。


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「まだ見つからないのか!」

「すみませんご主人様。世界に発信したのでいずれ目撃情報くらいは見つかるだろうと思います。」

「あれから1ヶ月だぞ!何の音沙汰もないじゃないか!いい加減にしろ!」

「どうか落ち着いてくださいませ。我々の情報網で彼女が逃げた先は日本だということは判明しております。あとは密偵に探させるのみでございます。」


主人はなかなか見つからない本に苛立っていた。

そもそもがおかしかったのだ。盗まれる少し前からあの本が急にうんともすんとも言わなくなっていたのだからその時に気づいて金庫に保管しておけばよかった。今となっては後悔先に立たずだ。


「あの小娘……!」


一方執事は知恵を絞って日本中の警察署の遺失物保管庫に連絡を取り始めていた。

本当にそこにあるとも知らずに。


---------------------------------


しばらく経った頃に外国の人が本を探しに来た。

英語でよくわからなかったけれど写真を見せられて「あの本だ!」とピンと来た。

手続きをして本を渡すと謝礼の振込先を聞かれた。

仕事なのでそういうのはちょっと困ります、と言うと素直に引き下がっていったが勿体無いことしたかな〜?

まあいいよね。みんながしあわせ〜に暮らせれば。

それから声が聞こえなくなったからまた毎日昼ごはん買いに行くの面倒臭いな〜とは思ったけど。


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ようやく本が手元に戻ってきた。

特に変わった事件も起きずに戻ってきてくれて本当に良かった。

わしの執事は実に優秀だ。報酬をくれてやろう。

「ところであの女の処遇は如何いたしますか?」

「本は戻ってきた。悪いことも起きてはおらん。それで良いではないか。放っておけ。」

「かしこまりました。」

そういうと執事は一礼して書斎を出て行った。


効果がなくなってしまっていることは知っている。本のことは誰よりも知っているのだ。それでも取り戻したかったわけは息子のことだ。

あやつには幼い頃から言い聞かせてきたからわしが死んでも真っ当な本の使い方をすることだろう。

もう年老いたわしには必要はないがあやつの健康と立身出世を願ったのがこのわしだ。おかげで順調に出世をして跡取りとしても申し分ない子に育った。あの、時代背景もあって苦労ばかりしながらも必死に生き抜いてきた若かった日、偶然道端で拾った本には感謝している。

昔からあやつにはこのわしが一代で積み上げてきた大きな財産と家を継がせるつもりだったから。本がなければボンクラ息子になっていたかもしれないと思うと恐ろしい。

わしの死後遺産として受け継がせる、そういう計画だから渡すのはまだ先になるだろう。そう思っていたが今回の件もあって生前贈与することに決めた。


わしの書斎に呼び出し改めて本を手渡す。

「この力は良い行いのために使うものだ。決して力に飲み込まれるな。」

「はい、お父様。重々肝に銘じます。」

こやつなら任せてもいいかと思った。

ちょうど孫が生まれた頃だ。「絶対に誰にも触れさせず、まずは自分の子供の永遠の健康と立身出世を願うのだぞ。」と言うと柔らかな微笑みで「そうさせて頂きます。私の子供のことまで気にかけてくださりありがとうございます、お父様。」と。

彼なら変わりゆく世界から我が家を守り抜いてくれるだろう。

思い残すことはない。無事に戻ってきてくれたのも運命だろうか。わしは運だけで生きてきたような人間だったから子息には楽をさせてやりたかった。それだけだった。


安心したからかそれから老いるのは早かった。

老衰で死にかけのわしを最後まで看取ってくれた息子たちはわしの誇りだ。

これで安心して天国に旅立てる、と思うと意識が薄れていった。さようなら、珍妙な本よ。


こうして騒動は幕を閉じた。

性善説を信じるものとして盗まれたことは許そうと思う。あやつも人生に疲れていたんだろう。

せいぜい幸せに暮らせよ。


「どいつもこいつも我の力を悪用しない人間ばかり……随分と良い時代になったものだ。」

本はそう呟くと早速子息の願いを叶えるために力を使ったのだった。


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