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賑やかな昼餉の席で


 昼餉の席は、思いのほか和やかに始まった。

 もとより改まった席ではなかったが、水名椎を筆頭に、みな思い思いに食事を楽しんでいる。おなつが剥いた栗は、お絹が捌いた鶏と一緒に煮物として調理されていた。この手で触れたものが神々の口に運ばれると思うと、なんだかむずがゆくなる。


(ここにおられるのが、白妙の君の御子息と、さらに前の奥方たちと水名椎様のあいだに生まれた御子息たち……)


 四人のうちだれが白妙の君の御子息かはわからないが、そろって美形である。白妙の君は紛れもなく美姫であったし、名が通る娘というのは、えてして見目も麗しいものなのだろう。そもそも、男親である水名椎が高貴な顔立ちをしている。


 一応、全員の姿形をそれとなくとらえたところで、おなつは視線を下げた。

 今のおなつは、給仕に務める者として、床の間に活けられた花のように振る舞わなければならない。神々の気を削がぬよう、障らぬよう、楚々として振る舞わなければ。


 先日いざこざのあった麒麟児は、食客ながらも位が高いようで、上座にいる水名椎の左前方に座っている。あのときは目に映える赤い服を纏っていたが、今日は目立たない色合いの服を着ていた。

 おなつは水名椎の右側についているが、麒麟児が目を向けてくることはなかった。存在を黙殺しているようだ。見た目は子供ながらも、悠然とした佇まいはこの場の雰囲気によく溶け込んでいた。彼にとっては日常的な昼餉なのだから、当たり前なのだろうが。


 それにひきかえ、見るからに浮き足立っている者がいた。

 言わずもがな、客人として招かれた神である。土着の神だそうで、信仰は得たものの神としての格は低いと、紹介を受けたとき自ら口にしていた。

 人間であるおなつには、神力は感じ取れない。なので、それが事実なのか謙遜なのかは不明だったが、覚束ない態度を見るに、前者であったようだ。


「お客人、料理の味はいかがかな?」


 客人の様子に気がついたのか、水名椎が声をかける。客人が末席に座っているために、水名椎の声はよく響いた。客人は瞬時に顔を上げる。


「ああ、はい! 絶品にございます!」

「だろう? 煮物の栗はこのおなつが剥いたんだ」


 名前を出されると思っていなかったので、おなつは面食らう。しかし即座に動揺を打ち消し、客人に会釈する。


「ははあ。手前の山でも栗は採れますが、そのまま食べることが多いでございますね。さすが大御神様の社でございますれば、同じ物でも扱いが違う! ああ、いえ! もちろん手前の神域の物とは比べるべくもございませんが!」


 客人は太鼓を叩くように矢継ぎ早に言葉を継ぎ足す。しかし緊張しているのか、言葉はどれも空回りしていた。この様子では、口に入れた料理の味もわからなくなっていそうだ。

 麒麟児が鼻で笑うように息をついたが、御子息の一人は人当たりよく頷いた。


「私も栗はそのまま食べることが多いですよ。童のころ、よく食べておりましたので」

「栗はそのままでも美味ですからな。それに、ここで振る舞う山の幸はどれも父上への献上品です。もしかしたら、同じ山で取れた物かもしれませんぞ」

「さ、左様でございますか」


 御子息二人が言葉を合わせると、客人の強張りが目に見えて解けた。そこにあわせて、付き添いのハヤがお茶を淹れ直す。温かいお茶は、客人の心をさらにほぐしてくれるだろう。


「にしても、今日の煮物はとくによいですね。剥き方がよかったのでしょうか」


 水名椎に尋ねるようにして、御子息の関心がおなつに向いた。

 この昼餉の席は、新しく神域に迎え入れた人間の顔見せも兼ねている。それとなく、ほかの三人もおなつを窺っていた。水名椎が微笑む。


「どうだろうね。なにかコツがあるのかい?」

「私はなにも。料理長のお絹の指示に従っただけですので」


 剥き方の指定はなかったけれど、特別なことはしていない。だから、これが最良の答えだろう。ただ、無愛想にならないよう、声色を明るくして口元を上げた。


「季節のものはよいですね。風流で、味わい深い」

「まったくだ。そちも、あとでお絹に伝えておいてくれ。煮物の栗は美味であったと」

「承知いたしました」


 伝言を頼んだ御子息だけ、ほかの三人よりも年嵩に見えた。父であるはずの水名椎よりも見た目は老けている。それゆえにか、語気も固くたくましい。

 なにはともあれ、注目を乗り切ったおなつだったが、ふいに水名椎が水面に石を落とす。


「麒麟児も先ほどから箸を下ろさずにいるけれど、栗の味はいかがかな?」


 その瞬間、家人の動きが乱れた。しかし、すぐさま何事もなかったように元に戻る。

 もとから余裕のあまりない客人は、彼らのわずかな変化には気付かなかった。麒麟児はというと、手に持った椀をそのままに、取り繕うことなく水名椎を睨んだ。


「……(ウォー)は吸い物に口をつけているが、見えなんだか?」

「私たちは栗の話をしていたのだけど、聞いてなかったのかい? 麒麟児も風流なものは好きだろう」


 意趣返しのように応じる水名椎。しかし、そこに悪意はない。今までのやりとりを思い返すに、自身に向けられる苦言などにあまり頓着しない性格のようだ。――相手にとっては、たまったものではなさそうだけど。麒麟児も眉間にしわを寄せた。


「風流ってのはなにも旬のものばかりじゃないだろう。物珍しいものに目を向けるばかりじゃ、かえって無粋ってもんだ」


 これ以上は無用とばかりに、麒麟児が椀を仰ぐ。

 今日の椀物には、煮物に使った鶏肉の切れ端を叩いて作った団子が入っている。かすかに香るのは、刻み生姜の匂いだろう。

 麒麟児は椀を盆に置くと、関心を胸に隠す四人を一睨した。


「お前たちも、旬のものをもてはやしてばかりでは目が狂うぞ。色変わりする紅葉に恋い焦がれるな、変わらぬ松を愛でよ。変化よりも不変を尊べ」


 忠言よろしく麒麟児が述べる。

 客人がいる手前、ぼかされてはいたが、おなつについて苦言を呈しているであろうことはおなつにも伝わった。けして顔をこちらに向けようとしないところが、かえっておなつを印象づけている。


 状況を把握していない客人も、麒麟児の剣呑な態度には勘づいたようで、息を殺すように箸を置いた。まったくもってとばっちりである。

 すると四人の御子息のうち、一番奥に座っていた御子息が口を開いた。


「麒麟児殿、今は論説の時間ではありませんよ」


 年齢順に並んでいるのならば、彼がおそらく最年少で、そして白妙の君の御子だろう。水名椎は一度に一人しか妻を持たないと聞く。


「それに、色移ろいを愛でるのは人の性でしょう。我々はみな、母の血を継いでいます。変わらないでいるもののほうが少ないのですぞ」

「少ないからこそ尊いのだろう。美の神髄というのは変わらないものにこそある。宝玉の輝きになにが勝ろうか」


 麒麟児がそう返すと、一番手前に座る、見た目でも最年長と思われていた御子息が豪快に笑った。


「ガハハハハ! またまたご冗談を! 先日も異国のものに目を輝かせていたではないか! 兄上!」

「うええ!?」


 客人が素っ頓狂な声を上げた。そして、たちまち集まった視線に己の失態を自覚すると、顔を赤くして頭を垂れた。しかし、驚いたのはおなつも同じだ。客人が大げさに反応してくれたおかげでだれにも気付かれなかったが、しなった木のように体を動かしてしまった。すぐさま元の姿勢で畏まる。


「失礼、驚かせましたな。麒麟児殿は乳飲み子の頃から世話を焼いてくださったので、我ら兄弟にとっては、兄も同然なのです」

「あ、ああ。そうだったのですね……」

「背丈を追い抜いてからも兄上と呼ぶのは八馬弩(やまど)くらいですが」


 淡々とした顔で付け足すのは、麒麟児のとなりに座る御子息である。こちらがこのなかで二番目の兄だろう。今の今までほとんど口を開かずにいたのだが、すらりとした体躯で黙っていても存在感がある。

 気を取り直すように、麒麟児が咳払いをした。


「失礼、少しばかり熱が入ってしまった。この話はまたの機会にしよう」


 客人は束の間ぽかんとしていたが、麒麟児の言葉が自分へのものだとわかった瞬間、バッと居住まいを正した。


「いいえ、ありがたいお言葉でございました!

 神のなかでも名の知れた麒麟様にお目見えできただけでなく、ご高説までいただけたとあれば、ほかの土地神にも誇れましょうぞ! いやまったく、ありがたいことです!」


 感動しましたと拳を握る客人。気後れしたのか、麒麟児はもう一度咳払いをした。


「ふふ、そうだね。神獣のなかで、麒麟はもっとも正しく、平等だから」


 波乱を起こした張本人であるはずの水名椎が、にこにこと何食わぬ顔で相づちを打つ。なにか含みでもあるのかと思いきや、暢気に香の物に箸を伸ばした。そして家人も、この話はここで終わりばかりにくつろぎだす。


(麒麟児様が眉をつり上げたときは、どうなることかと思ったけれど――)


 八馬弩が笑い飛ばすまで、ずっと生きた心地がしなかった。あれくらいは些事の範疇なのだろうか。だとしたら、もっともっと修業が必要だ。素知らぬ顔で振る舞えるくらい、しなやかな心を持たなければ。おなつは志を新たにした。


 そのあとはとくにさしたる会話もなく、春の木漏れ日のようなのどかさで昼餉の席の炭は落ちた。客人もすっかり楽しめたようで、縮こまっていたのが嘘のように笑い声を上げていた。この様子ならば、ほかの土地神にもよき思い出として触れ回られるだろう。

 だからこそ、水名椎の元を訪れる客人が絶えないのかもしれない。


「今日は無理を言ってすまなかったね」


 客人が少し席を離れたところで、面と向かって水名椎に声をかけられた。

 客人が戻れば、もうこの席はお開きだ。広間の片付けが始まる前にと、声をかけられたのだろう。おなつは畳に指をついて頭を伏せた。


「いえ、いえ。そのようなことはございません」

「あのあと、お絹だけでなく玉雪にも苦言を呈されたよ。ハハ、みな手厳しいね」

「主様の見立てが甘いだけだろう。いくらなんでも、心得のない者を客人の前に連れ出すのは無作法だぞ。我でもしない無体だ」

「ハハ、麒麟児にも怒られてしまった」


 悪戯が見つかった子供のように目配せをされるが、どう答えればいいのかわからず、曖昧に微笑んだ。そういえば、客人の前に出されるのはこれで二回目である。


「白妙の君か。近頃、とんと姿を見ておらぬなあ」


 八馬弩が腕を組む。


「母上は自室で食事を取られるようになりましたからな。私も部屋を尋ねたりはあまり」

「我らが集う機会も、あまり多くはない」

「私はそこまで狭量ではないのですがね。ですが、玉雪はけじめを大切にしておりますから」


(……あれ?)


 御子息の一人――席順でいうと三番目の御子息の言葉が耳端に引っかかった。

 先妻の名前を呼んでいいのは、元夫である水名椎だけだったはずだ。現に、八馬弩は白妙の君と呼んでいる。


「そういえば、祝言はいつになりますかな? 私がここにいるうちにやってほしいものですが」

「絶えず矢をつがえる兄様がなにをおっしゃるのか。言祝ぎの季節といえば春では?」

「冬でもいいんじゃないか。主様の退屈しのぎになるだろう」

「いやあ、私も同じ姿で祝わせてもらいたいよ」

「ガハハ、それはそうでしょうな!」


 家人水入らずで談笑しているが、言葉端がどれも気にかかる。


(祝言って、どなたの祝言だろう。それにけじめとは――ううん、これは考えないでおこう)


 おなつは目をつむり、雑念を追い出した。

 家族間のやりとりに聞き耳を立てたばかりか、その内容を推し量ろうとするなんて。使用人として、あるまじき行為である。白妙の君に知られたら、はしたない真似をするなと叱られてしまいそうだ。


「いや、お待たせしてしまって」


 おりよく客人が戻ってきた。客人は朗らかな顔で後ろを振り返る。


「来るときも思っていたのですが、道に植えられていた花、あれはじつに美しいですなあ! なんという花でしょうか」

「あれは菊だよ」

「菊! あれが!」


 客人が目を丸くする。あれほど大輪の菊は野山などには生えていないから、山の神に見る機会はなかったのだろう。


「麒麟児が生国より持ち寄ってくれたものだよ。あそこまで見事に育てたのは、私のかつての妻たちだけどね」

「ほほお」


 客人の眼差しを受け、麒麟児はばつが悪そうに腕を組む。


「……言っておくが、あくまで主様への捧げ物であって、我が変わりゆく花を愛でていたわけではないからな」

「へ? ……あ、ああ! とんでもない! そのようなこと断じて考えておりませんでした!」

「言わなくてもよいことを」

「兄上は偏屈だなあ!」

「うるさい! その図体で兄と呼ぶな!」


 麒麟児の怒鳴り声とともに、昼餉の席はお開きとなった。


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