油断
フラワーズ陣営 桜の國 司令室
「何ですか!?」
空気が震えた。敵聖域での突然の大爆発にフラワーズ陣営は驚きを隠せない。
「…爆発が二つ…南側も同じように吹き飛んだな」
南側を映していた千里水晶の映像が途切れたのを確認したトウリも腕を組んで冷静を振る舞っていたが内心では頭がついていけてなかった。
「僕達の攻撃部隊が二つ共吹き飛ばされた…」
こっちの先行部隊が吹き飛ばされたことを認識した桜花はどうやってやったのかということに思考を移した。
あんな大爆発を起こせる魔法やスキルが発動する予兆はなかった。
つまり…アイテムしかあり得ない。
「そうか…アイツら自分の陣営…僕達のリスナーに魔爆石を付けていたのか…」
魔爆石とは魔法に干渉して爆発する性質を持った石のアイテムである。込めた魔力分だけ爆発の威力が上がる性質を持っており、その威力上限は石の大きさによって変わる。
「当たり前だが、爆弾に関する報告はなかった。爆弾をつけられたリスナーは何故気づかなかった?」
仮に外から見えないようにカモフラージュしていたとしても自身の装備に爆弾がついていれば鑑定魔法で気づいてしまう。なのに何故?
「…低レベルリスナーばかりを押し付けたことが裏目に出たのか。始めたばかりのプレイヤーじゃあ鑑定魔法を使えない」
そう、自分の装備の詳細を見る鑑定魔法を使うにはレベル15以上が必要である。更に言えばレベル30で覚えるステータス解析魔法、『アナライズ』でも他人のステータスまでしか解析できない。
つまり、始めたばかりのプレイヤー達では自身の装備に付与された魔爆石に気付く事出来ないのだ。アナライズを使える高レベルスパイプレイヤーも他のプレイヤーの装備の詳細まで覗き見ることは出来なかった。
うぃんぷ陣営はこれに気づく可能性のあったレベル20以上プレイヤーを見極め、低いレベルのプレイヤーにだけ魔爆石付きの装備を配っていたのだ。
「そんな連中じゃあ渡されたそこそこ性能のある装備を疑いもなく装備してしまうというわけか」
「「…」」
トウリの以外の他メンバーは言葉が出なかった。
「クッソ…被害状況はどうなっていますか!?」
机を叩き苛立ちを隠せない桜花は纏まらない頭をフル回転させながら状況の確認に入った。
「北、南ともに殆どのプレイヤーが爆死しました。南門側を攻めていたイツキさんは防御系魔法で何とか耐えたらしいですが…北門のランさんは爆死したようです」
「あのアホ…」
この報告に桜花は呆れていた。ランほどの高レベルプレイヤーならあの規模の爆発も魔法次第では十分、生存可能だったはずだ。大方、舐めプをして爆死したのだろうとすぐに桜花は予想がついた。
(いや…舐めていたのは自分も一緒か)
「…で用水路の方は?」
「苦戦しています…。狭い場所での戦闘なので、こちらの連携をあまり活かせることが出来ていません。それにトラップが、やたら設置されていると連絡が入っています」
(苦戦だと?フラワーズ、最強部隊だぞ。どうなっている)
「ある程度予想はついていたが元々、誘い込む前提で作られた入口だったか」
トラップが仕掛けられていることは桜花にも初めから予想がついていた。というよりこのゲームをやり込んでいる人間なら狭い道にトラップを仕掛けるのは常識中の常識だ。
「…それを想定してトラップ解除スキルとキャンセルアイテムを大量に持たせていた筈です。何故で苦戦しているんですか?」
用水路に侵攻しているのはフラワーズ陣営の最強部隊だ。トラップ対策も充分。多少のトラップがあろうと無かろうとゴリ押しで突破出来る最強部隊を用水路に送ったはずなのだが…。
「単純にあちらのクロヤギというプレイヤーが強すぎるそうです…」
(クロヤギ…あの生活サーバー最強のプレイヤーだったか…)
その存在は事前に下調べをしていた時、桜花の耳にも入ってきていたが、まさか自分達の最強部隊と渡り合えるほどの実力を持っているとは桜花は思ってもいなかった。
「…舐めすぎていたな」
「ですね…」
桜花はトウリに静かに同意する。
「!?今、用水路の入口方向から魔法使い達が挟み撃ちで攻撃を仕掛けてきたと連絡が上がってきました」
「…さっき、防壁魔法を使っていた連中ですね」
この瞬間、桜花はあのフラワーズリスナーを魔法で守っていたのもランやイツキ達が接近するまでに魔爆石が暴発するのを防ぐためのものだったという事に気づいた。そしてその魔法使い達が今用水路を外から攻めてきている。
今の知らせと敵の作戦を知ったことで、ようやく桜花の顔付きが変わった。
「…トウリさんここを任せてもいいですか?」
先ほどまでの気の緩みを感じさせない声が響く。
「攻めるのか?」
「はい…本気でいかせてもらいます」
もう油断しない。舐めた真似をしてきた格下のクランを本気で叩き潰す。ここにいた全員の意思が一つになった瞬間だった。
「イツキに爆発で生き残ったプレイヤーを集めて用水路に行くように伝えてください。それと…桜の國のプレイヤーはトウリさん以外の全員で攻め込みます。全軍突撃です」
全軍突撃…桜花陣営の面々は戸惑ってしまった。何故なら今回の戦いはフラッグ戦である。守りのない戦術は自殺行為を意味する。
「でも、守備が疎かになればフラッグを取られる可能性が」
「相手に何がされる隙を与えなければ、攻撃が最大の防御になる。それに何人か抜けてフラッグに辿り着いたとしても、ここには最強のプレイヤーであるトウリさんがいる。トウリさんなら一人でフラッグを守ることなど簡単です」
この無謀とも思える発言にトウリに驚くが、全員の視線には『トウリならやってくれるかもしれない』といった信頼と期待がこもっていた。
その視線を向けられたトウリは少し固まって考えこんでいた。
「…索敵スキル持ち一人と守備隊10人ぐらいは置いていけ…流石に一人では手が回らない可能性がある」
「半分だけ冗談ですよ(笑)」
流石に厳しいと思ったのかトウリは索敵と守備に特化したプレイヤーを11人希望し、桜花はその希望通りの人員を置いていくことを決めた。
確かに桜花は半分だけ冗談で言ったが、無理だとは全く思っていなかった。何故ならトウリはプロゲーマーであり、フラワーズの最強部隊をたった一人で全滅させた実力を持っている最強クラスのプレイヤーだからだ。例えレベル30前後のプレイヤーが数十人抜けて来たとしても何の問題はないと桜花は考えていた。
(まぁそんな隙は与えませんがね)
桜花はこの場でもう一つの切り札も切ることを決めた。