ユウ
一方その頃、リアルではとある女子大生が講義から自宅に帰ってきていた。
「ふう…何とかギリギリ講義についていけてるわねぇ」
女性の名前は成海遊理。彼女は今日よく分からない講義に頭を使い続けた結果、疲労が顔から抜けきっていなかった。
椅子に腰をおろした遊理は腕につけたデバイスを操作し、SNSをチェックする。
自分の好きな情報を流し見していると、とある人物のつぶやきが目に入った。
「へぇウー君、今日は有名配信者達とサンク2でクラン戦をするのね」
目に入ったのは遊理がサイバーヘブン内で遊理とよく遊んでいるうぃんぷというプレイヤーのお知らせ情報だった。
遊理はこのうぃんぷの友人の一人であり、彼が運営するエターナルの同居民の一人でもある。因みにサイバーヘブンの利用者は必ずサイバーヘブン上の何処かに自身のマイホームという拠点が与えられるが、彼女のマイホームの場所はエターナル内に存在している。
CHマイホーム
サイバーヘブン利用者は必ずアカウント作成時にマイホームと呼ばれる自身のもう一つの家がサイバーヘブン内に与えられる。サイバーヘブンに関連したゲームを遊ぶ時はまずこのマイホームに入り、遊びたい特定のゲームにアクセスする必要がある。
ただし、特定の個人運営サーバーが運営しているローカルゲームに関してはそのサーバーへのアクセス権…つまりは特定のユーザーの会員になっていなければ遊べない。
また、マイルームは特定のユーザーの運営する個人サーバーに移すことも可能。
遊理はうぃんぷが運営するローカルゲームがやりたくてここの生活サーバーの会員になっている。因みに会員費は一切無い。うぃんぷ曰く、友達から金を貰ったら友達じゃなくなるという考えから金銭的な関係は一切存在していない。
だが、会員になるにはうぃんぷから直接スカウトを受けるか、現在会員になっているプレイヤーから招待を受けるの2パターンしかないので中々、人が集まりにくいのが特徴だ。
(…無料とはいえよくこの方法でよく600人のゲーム友達を集めたものよね。まぁ、会員を増やすには非効率な方法とも思えるけどそれでもよく分からない奴が入ってくるのを極力避けようとしているということなんだろう、ウー君らしいわね)
「あれ?気づかなかったけどウー君からメールが送られてきてる…」
内容を確認してみると…。
「は…?」
[負けたらウチのサーバーを譲渡する条件で桜花とゲームする事になったから、マジで協力求む]
予想を超える内容に遊理は驚愕してしまった。
(あのバカ…何勝手にとんでもないギャンブル始めているのよ…)
当然、生活サーバーエターナルの所有権はうぃんぷが持っているので誰もうぃんぷのやる事に口出しは出来ないのだが、あの生活サーバーは遊理を含めた同居民みんなで作り上げたものだ。それがなくなるかもしれない事態を勝手に招くなど、常識的に考えて許されることではないはずだ。
(正直、今日は疲れているからゲームをやる気分じゃあなかったんだけど。…これは腰を上げざるをえないわね…)
基本、うぃんぷのスタイルは他力本願である。ゲームの攻略、ワールドの作成、武器防具集め、自作ゲームのプラグインまで自分の同居民に委託している。
(今回はクラン戦だからしょうがないけど、ウー君に呼び出される行為に慣れてきている自分に情けなくなってきたわ…)
「まぁ…ウー君の事なら負けた時の保険は用意してそうな気はするけど、確信はないし仕方ないわね」
あの場所は遊理にとっても大切な場所だ。無くなってから後悔しても遅いと考えた遊理は重い腰をあげる決意をした。
風呂から上がり着替えた遊理はCDD3を装着する。
「成海遊理、プレイヤー名『ユウ』アクセス開始」
ユウ。これがゲームをする時の遊理のプレイヤー名だ。本名から適当に考えだけのくだらない名前だったが、本人はそれなりに気に入り始めていた。
『成海様ご本人の確認が取れました。サイバーヘブンへのアクセスを開始します』
CDD3を通して遊理の意識は電脳世界サイバーヘブンへと送られる。
サイバーヘブン内にあるマイホーム。そこで眠っていた自身のアバターである『男性』プレイヤー名『ユウ』に憑依する。
そう、彼女はこちらの世界では男性として振る舞っておりプレイヤーのアバターも勿論男性の顔立ちをしていた。
理由としては過去女性だからといって舐められたりした事や妙な男共が近寄ってきた事が原因であったが、今は男性としてのプレイも板についてきておりうぃんぷを含めた同居民全員にも女性である事はバレていない。
「やっぱりこっちの方がただいまって感じになるわね」
ここはうぃんぷの生活サーバーエターナルにある遊理の…ユウのもう一つの家。
昔は所詮ただのデータと馬鹿にしている人もいたが今ではこっちの世界の家具や服装に金をかけている人も少なくない。
マイホームを出てモアイ像広場に移動をすると、もう何百人か集まっていた。周りのプレイヤーを見ているとよく見知った男がこっちに近づいてきた。
「おぉユウ。来てくれたの!!」
近づいてきたのは自分達の大将うぃんぷである。その悪びれることもなくいつものテンションでいるうぃんぷを見たユウは呆れていた。
「…来るしかないだろ…この馬鹿野郎」(何て清々しい笑顔をしているのよ…コイツ。とても私達が住む生活サーバーを勝手に賭けた男とは思えないわ)
何らかの考えや思惑が存在しているのかもしれないが、鯖主だからといってもやっていいことと悪いことがあると考えたユウは苛立ちを隠さなかった。
「まぁまぁそう言わず」
ニコニコとそう言いながらユウの肩を揉んでくるうぃんぷ。
「いやーでも本当で来てくれて助かったよ。今日のクラン戦、向こうの陣営は大手事務所の配信者達なんだよ。リアルイケメン揃いで意地でも負けたくなかったからねー。ユウには僕の代わりにあのイケメン共をボコボコして欲しかったんだよねー」
(なるほど、理由もキモかったわね)
正直、このままうぃんぷとPVPを始めてボコボコにする事も考え始めたユウだったが…。
(でも、こんな個人的おふざけでこの生活サーバーを賭けるとはウー君らしくないわね。…何か別の理由もあるとみた)
「本当の理由を話さないのなら協力はしないぞ」
冗談抜きの真剣な眼差しでそう発言するユウを見たうぃんぷは少し慌て始める。
「ちょっとちょっと、怒らないでよユウ。今からちゃんと理由も話すからさ。まぁ、要約するとあっちが喧嘩ふっかけてきて、それに対して僕がキレただけなんだけどね」
「喧嘩?」
「うん、あっちの桜花とかいう奴が『君達ではそのサーバーを100%上手く使いこなせない。僕達と共同で運営させてもらえるなら必ず楽しい娯楽を提供するよ』ってさ」
「それのどこが喧嘩売っているんだ?」
「いや…その後、断りの返事をしたら『こっちはそれでも構わないが…まぁ、所詮はコミュ障集団だったということか。その調子で一生、身内同士で何の生産性もない話やゲームで盛り上がっていればいいさ。惨めな思いに耐えられなくなったらいつでも共同運営の話を持ってきてくれ。待っているよ』って言ってきたんだよ。腹立たない?」
確かに上から目線の発言でイラッとくる話ではあると思ったユウだったが、それと同時にこうも思ってしまった。
「殆ど事実のような気もするが…」
「いや…まぁ…それはそうなんだけど…って違う違う!ちょっとぉ?ユウはどっちの味方なんだよ?」
「それで何て言い返したんだ?」
「…露骨にバカにしてきたから…『え、最近ちょっと強いリスナー囲ってるからって超イキってるじゃんwwwこういう強い奴らが味方につくと急に態度デカくなる奴いるよね。言っとくけど僕、君ら程度のゲーマーもどきなら幾らでも無双できる自信あるからね〜。喧嘩ならいつでも買うからどっからでもかかってこいや』って言っちゃんたんだよね…」
大体何を言ったか予想はついていたユウだったが、争いは同じレベルでしか起きないという言葉は本当によく出来た言葉だなぁとも感心していた。
(…私の目の前にもそれが当てはまる奴がいるわね。気のせいかしら?)
「完全にブーメラン発言なんだが?聞いてるこっちが恥ずかしくなるレベルだぞ」
「僕は別に隠してないからいーの」
うぃんぷのペースに乗ったせいで微妙に論点がズレ始めたなと思ったユウはふぅーとため息をついながら話を戻す事にした。
「…それでその流れでこのサーバーを賭けたってことか?」
「うん。でもこっちが勝てばあっちが運営しているローカルゲームのMODが手に入るから寧ろラッキーとも言え…」
「言えないだろ、おい?」
「はい、すいませんでした」
普段から謝り慣れているのかその場でとても綺麗な土下座をして目の前のユウに謝るうぃんぷ。
「はぁ、とりあえず皆んなには謝ったのか?」
「既に何回も土下座させられてるよ。全く、何で負ける前から土下座しないと駄目なんだよって話だよね?」
「まだ懲りてないようだな」
「はい、すいませんでした」
一方その頃、フラワーズの生活サーバーでは。