「乙女心が全く分かってない!」と彼女にフラれた俺が幼馴染とお試し交際することになった〜乙女心を理解するためのお試し交際のはずなのに何でそんなに顔を赤くしてるんだ? え? 何か言ったか?〜
息抜きで書いた短編です。
「怜央くん、私たち別れましょ」
金曜日の放課後、空き教室。
長い黒髪を微風になびかせた青野遥が、沈痛な面持ちで別れを切り出してきた。
「……分かった」
俺は驚きながら、哀しみながら、ただ頷いた。
別れを切り出したということは彼女の心に既に俺はいないのだろう。
みっともなく縋りつくよりはすっぱりと、遥の最後の希望を叶えてやるべきだと思った。
「……もう! 何でそんな聞き分けがいいのよ!」
遥は頬をむっと吊り上げて、怒りを露わにした。
分からない……。
俺の返事の何が勘に障ったのだろうか?
「だって遥はもう俺のことが好きじゃなくなったってことなんだろ」
「そんなこと言ってな……」
「え? なんて?」
「そういう所が嫌いなの! やっぱり自覚すらしてないじゃない!」
更に怒らせてしまった……。
今の答えのどこがいけなかったんだろうか……。
「私にばっかり恥ずかしい思いさせて! あなたって乙女心がまるで分かってないのよこの朴念仁!」
遥は最後にそう吐き捨てて逃げるように教室から出て行った。
さようなら……と言い残して。
こうして俺は高校に入って初めてできた彼女にフラれたのだった。
乙女心って何なんだ……。
俺はデートの予定が無くなって暇になった週末、そればかり考えて過ごすことになった。
分かれた手前、遥本人に聞くのも憚られるし、何より俺とはもう話したくもないだろうから遥とは連絡を取らなかった。
一度ラインの画面を確認してみたら未読だったメッセージが既読になっていたからブロックは多分されていないのだろう。
遥とは同じクラスになった高一の冬から付き合い始めた。
告白してきたのは遥の方からで、当時の俺はそれはもう舞い上がったものである。
クラスで一番の美少女からこの俺が告白されるなんて!
と、二つ返事でOKしたものだ。
それから一緒にクリスマスを過ごして……
一緒に初詣にも行って……
親がいないから、と遥の家にお邪魔したりして……
そういえばあの時遥はどうしてあんなにもモジモジしていたのだろう。
……まあもう考えても仕方のないことか。
遥は俺にはもったいないほどのよく出来た彼女で、よく友人からも羨ましがられたものだ。
だから俺はひたすらに紳士であろうとして……大事に大事にしようとして、頑張ってはみたんだけどな……。
「たった半年でフラれるとはなぁ……」
俺の何がいけなかったんだろう……。
週明け、フラれたショックから立ち直れない俺は教室のど真ん中で、はぁ、と大きなため息を吐いた。
気分は絶不調である。
フラれたことを週が明けても引きずっているこんな女々しい俺だからフラれたのかもしれない。
「ため息なんてしてたら幸せが逃げちゃうよ?」
不幸オーラを駄々洩れにさせている俺に話しかけてくる相手がいた。
俺はゾンビのようにぐだりと顔を上げれば、明るい茶髪を内巻きにした美少女が心配そうにその大きなくりっとした目で俺のことを覗き込んでいた。
「透……それならもう手遅れだ」
「なにかあったの?」
「彼女にフラれた」
「あちゃ~……ご愁傷様」
俺と白石透はこの手の重い話題でも軽く話せる間柄、いわゆる幼馴染だった。
今更取り繕おうなんて考えは持っていない。
同性の透なら分かるかも、と俺は週末の間ずっと俺を悩ませていた疑問をぶつけてみることにした。
「なあ白石、乙女心って何だろうな……」
「あぁ……怜央に求めるのは酷な話だね……」
「その言い草は酷いな」
「だって事実だもーん」
自分から話題を振っておいて何だが、傷口が抉られるような気がした。
俺ってそんなに乙女心とやらを理解できていないのか?
俺はただ彼女を大事にしたくて、優しく紳士に振る舞っていたはずだ。
それのどこがおかしかったと言うんだ。
「じゃあ、問題です」
「何なんだ突然」
「まぁまぁいいからいいから」
俺は渋々透の言う通り、問題とやらに答えることにした。
「今日の私はいつもと何か違います。何が違うのでしょーか」
「えぇ……」
「制限時間は30秒です!」
そう言われた俺は透に顔を近づけて、その変化を探ろうとした。
ぱっちりとした目も、真っすぐ通った鼻梁も、血色の良い朱唇も、いつも通りだ。
相変わらず整った容姿に快活そうな表情。
女性特有の起伏には乏しいが、スラリと伸びやかな肢体。これもいつも通りだ。
まさか……胸にパッドを入れたとか……?
いや、そんなことを言ったらぶっ飛ばされるな……。
「はい時間切れ~答えをどうぞ」
「分からん……」
「正解は~」
もったいぶってくるくると手を回しながら、最終的に透は前髪を指さした。
「前髪をちょっと切った、でした~」
「分かるか、そんなの!」
言われてみてようやくそう言えばそうかも……となるレベルだ。
俺には難易度が高すぎる……。
もしかして世の男子諸君はこの程度簡単に正解してしまうのか?
「女の子はねぇ、可愛くなるために小さな努力をたくさんしてるの。それに気づいてあげないとダメなんだよ?」
「小さな努力って……透は昔から可愛いだろ?」
高校に入って一段と垢抜けたが、それよりも前から透はずっと可愛くてクラスの中心で、男子からも人気があった。
それでもまだ可愛くなろうとするなんて……向上心の塊。
「もう……そういう所なんだから……」
「何か言ったか? ……顔が赤いぞ?」
「ううん、何でもないの」
もしかしたら不調そうに見える俺を気遣ってくれていただけで、透も調子が悪いのかもしれない。
だとしたら……
「それに透は優しいな」
本当に優しいやつだ。
「はぁ!? もう……あんたって人は……」
……?
褒めたのに何故か呆れられてしまった。
これも可愛くなるための努力の一環じゃなかったのか?
「そうだ、いいこと思いついた!」
透がニヤリといたずらな笑みを浮かべながら、
「私が乙女心ってやつを怜央に教えてあげる!」
と意気揚々に提案してきた。
「本当か!?」
俺としては願っても叶ってもない提案である。
気心知れた透なら、遥が気付いても指摘できなかったであろう俺の問題点、朴念仁な所を改善してくれるかもしれない。
「そう、だから私とお試しで付き合ってみるの!」
「俺は構わないけど……透はいいのか? 透くらい可愛かったら告白とかされるだろ? 他の人に勘違いとかされるんじゃ……」
「はぁ……そうやってまた無自覚に……」
「今の何が問題なのさ」
分からない。
俺はただ紳士的に透を気遣っただけなのに。
「これは重症だなぁ……頑張らないと」
「重症……怪我ならしてないぞ?」
「はいはい、もう怜央の朴念仁ぶりは分かったから。てことで私が乙女心の何たるかを怜央に教えてあげるから!」
「ああ、頼むよ」
お試しで付き合う……というのには少々抵抗感があるが、俺と透の間柄だ。
今更変な感じにはならないだろう。
だって透は俺の大事な友達なんだから。
きっと透だってそう思ってくれているはずだ。
「あは、やったぁ……」
だからそこで何故喜ぶんだ?
どうして頬を赤らめるんだ?
「ねえ、早速だけど……今週末暇?」
「ああ、暇だぞ。本当なら遥とデートする予定だったんだけどフラれたしな……」
本当なら付き合って半年記念のデートに行くはずだったのだ。
記念日だってちゃんとメモして忘れないようにしてたのにどうして……。
「はい大減点! 今カノの前で元カノの話をしない! それ最低だからね!」
「はは、確かにな。すまなかったよ」
「もう全く……こんなあんたに懲りずに付き合ってあげられるのは私だけなんだからね! 感謝しなさい」
「ああ、俺もこんな風に取り繕わずに接することができるのは透だけだよ」
「っっ……! 全くもう……先が思いやられるんだから……」
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