ヤンデレストーカーの推しのバッドエンドを回避すべく推しの先回りをしていたら、寧ろ推しからストーカー認定を受けました
それは、晴れ渡る青空が気持ち良い五月の休日の事―
インドア派の私は薫風香る外に見向きもせず惰眠を貪った後、スマホで好みの電子書籍の漫画を読み漁るという、大変充実した時間を過ごしておりました。
そんな時です。
とある漫画の広告が目に留まりました。
それは、
『一見爽やかなイケメン青年の恭平君は、実はゴリゴリのヤンデレストーカー』
という設定のお話でした。
ヤンデレとメリバが大好物な私が迷わず購入に至ったことは、語るまでもありませんね。
そしてその作品は、私の期待に外れず大変すばらしい物でした。
思いつめた恭平君が、ヒロインである瑞希ちゃんの弁解に全く耳を貸さず、いきなり牙を向くヤンデレっぷりはホントもうヤンデレの鑑。
また、ラストで自ら毒をあおって亡くなった恭平君のその顔が、まるで幸せな夢を見ているように綺麗な所も切なくて切なくて……
読み終わった後、しばらく涙を止めることが出来なかったくらいです。
評価は文句なしの☆5ですね!
と、最初は確かにそう思って満足していたのですが……。
もし、ヒロインである瑞希ちゃんが恭平君のそのヤンデレに気づかないちょっと鈍い子だったら?
恭平君の凶行に気づいても、彼の本当の優しさを知って早々に絆されてくれていたら?
もし、出会った瞬間、恭平君だけでなく、瑞希ちゃんも恭平君に一目ぼれをしていたとしたら??
そんな『もし』があったら恭平君があそこで命を落とす必要なんて無くて、彼が亡くなる間際に夢想したように、瑞希ちゃんと初々しく手を繋いで遊園地デートに行く未来もあったのでは……。
メリバは大好物だったはずなのに、スマホの画面越しにもう目覚めることはない恭平君のその綺麗な寝顔を見ていると、そんなどうにもならない事ばかり繰り返し考えてしまったのでした。
恭平君の事を考える度襲ってくる、この胸の刺すような痛みは何なのでしょう?
もしかして……
これが恋というものなのでしょうか。
違いました。
シンプルに心筋梗塞でした。
気づいた時は、残念ながら既に手遅れのようでした。
そして……
その次にまた気が付いた時、アラサーの社会人だったはずの私は、とある街に住む大学生に生まれ変わっていたのでした。
大学構内の非常階段を降りている時です。
雨でぬれていた部分に足を滑らせ、階段から転げ落ちそうになった私の腕を誰かが掴んで助けてくれました。
私を助けてくれたその彼は背が高く、その面立ちはまるで役者さんのように整っています。
「大丈夫か?」
心配するように顔をのぞき込まれ、その黒曜石のような綺麗な瞳と目が合った瞬間、私は思わずその人の名前を口走りました。
「恭平君?」
「気を付けろよ?」
恭平君は呆ける私を助け起こしてくれた後、階段を上りどこかへ去って行きました。
何で?!
どうしてリアルな世界に恭平君が???
そう思った時でした。
自分が通っているこの大学の名前を思い出し、全てを悟りました。
恭平君がリアルな世界にいるんじゃない。
私が、漫画の世界にいるんだ!!
乙女ゲームの世界に異世界転生する小説が好きで胃もたれする程読んできましたが、まさか自分が漫画の世界に転生することになろうとは……。
きっとこの世界の神様が、恭平君を助けるよう遣わして下さったのに違いありません。
そうと分かれば早速、恭平君救出プロジェクトを実行したいと思います!
プロジェクトの内容は次の通りです。
①恭平君の先回りをし、ストーカー行為を未然に防ぐ事により、二人の自然な出会いをアシストする
②瑞希ちゃんに恭平君の魅力を伝え、出会う前から両想いにする
これが上手く行った暁には、恭平君が最期に夢見た瑞希ちゃんとの遊園地デートを叶えて上げる事が出来るのです!
ハッピーエンド、目指してやろうじゃないですか!!
プロジェクトを実行し始めてから一月が立った頃―
「……またアンタか」
瑞希ちゃんのバイト先のドーナッツショップの前で、『瑞希ちゃんをストーキングしに来る恭平君を待ち伏せていた私』に気づいた恭平君が、深い深い溜息をつきました。
そうなんです。
漫画での知識を活かし、瑞希ちゃんのストーカーをする恭平君の先回りをして、そのストーカー行為をことごとく妨害していった結果……
見事、私が恭平君から恭平君のストーカー認定を受けるに至ってしまいました☆
「違うんです! 誤解なんです!!」
最初はそんな私の言葉を信じてくれた恭平君でしたが……。
流石に四回目に先回りして出くわして以降は、そんな私の言葉を全く信じてないようです。
そして出くわす度、こうして大きな溜息をつかれます。
一方、ヒロイン瑞希ちゃんとは同じサークルに入ったのを機に仲良しになれました。
瑞希ちゃんにいかに恭平君が素敵か話せば、瑞希ちゃんはいつも
「そっか、恭平君ってそんな素敵な人なんだね」
と優しく笑って、まるで私の恋バナを聞くかのように温かく頷いてくれます。
クールそうに見えて実は恭平君が寂しがり屋さんな事。
過去の挫折から、自己肯定感が低くネガティブな思考回路に陥りがちな事。
だから何か話を切り出す時は懇切丁寧に説明する必要がある事。
瑞希ちゃんにはそんな恭平君の『取り扱い注意事項』を繰り返し伝えておきました。
これでいつ瑞希ちゃんが恭平君と出会ったとしても、もはや不幸なすれ違いなど起こらないでしょう。
そう思ってホッと胸を撫で下ろした頃の事でした。
漫画の回想シーンと同じように、恭平君と瑞希ちゃんが出会いました。
実際には二人はもっと昔に出会っているのですけどね。
それを知っているのは恭平君だけなので、瑞希ちゃんはこれが初対面だと思っているはずです。
柔らかく微笑む瑞希ちゃんを見て、改めて恭平君が瑞希ちゃんへの想いを強めるのが分かったような気がしました。
長かった梅雨がようやく明けると思われた頃-
「恭平君、お誕生日おめでとう!」
私がそう言って遊園地のチケットを差し出せば、恭平君が酷く驚いた顔をしました。
私が誕生日を知っていたのも気持ちが悪かったのでしょうが、私から恭平君に話し掛けるのは階段でぶつかったとき以来でしたから、何事かと警戒したのでしょう。
戸惑いつつも恭平君がとりあえずチケットを受け取ってくれました。
それを見て、ようやく私は自分の肩の荷が下りたような、そんな思いで胸がいっぱいになります。
これで恭平君は瑞希ちゃんと幸せになれますね。
「どうぞお幸せに……」
そう言って恭平君の前から姿を消そうと思ったその時でした。
「で? いつにする?」
何故か突然私の手首をギュッと掴んだ恭平君のがそんな事を言い出しました。
「へ?」
いつにするって……一体全体何のことでしょう?
恭平君は私の事をストーカーだと思っているので、もしかして
『出頭はいつにする?』
って意味でしょうか?!
真っ青になった私に向かって、恭平君はいつもと同じ大きな溜息をつきました。
「また変なこと考えてるな。……遊園地だよ。行くんだろう? いつがいいんだ??」
恭平君が私の目の前で、さっき渡したチケットをヒラヒラさせます。
「あ! それ、瑞希ちゃんと行って」
『何か話を切り出す時は懇切丁寧に説明する事!』
瑞希ちゃんにはそう口を酸っぱくして言って来たくせに、動揺したあまり、私がそんな言葉足らずな説明をした時でした。
「はぁ?? オレ、アンタと以外こんなトコ行くつもりなんてないけど?」
急に恭平君の声が冷たく地を這うように低くなり、その黒曜石のように綺麗な瞳からスッとハイライトが消えました。
恭平君が何を思っているのか分からず返答に詰まれば、私を掴む恭平君の手に痛いくらい力が籠ります。
「一緒に……行くよな?」
結局、恭平君の圧に押し切られる形で、何故か次の日曜日に二人で遊園地に遊びに行くこととなりました。
約束の日が違づくにつれ、また胸がドキドキして眠れなくなります。
これってもしかして……
また心筋梗塞?
そう思って何件も病院を梯子してみましたが、
「異常なし。まったくもって健康です!」
とお医者様にアッサリ返されてしまいます。
「……ねぇ、本当に私で良かったの??」
日曜日、先に約束の場所に来ていた恭平君に思わずそう尋ねれば、
「アンタがいいんだよ」
そう言って恭平君がこれまでの強引さから一転、どこか照れた様子で初々しくその大きくて綺麗な手を私に向けて伸べてくれたのでした。
ハッピーエンドの映画のエンディングのように、幸せで思わず涙が零れてしまいそうな甘い甘い遊園地でのデートの後の事です。
「……恭平君? ……恭平君?!!」
隣で眠る恭平君のその綺麗な顔が、漫画の悲しいラストシーンそのものだったせいで私は思わず半狂乱になって彼を激しく揺さぶりました。
すると漫画の結末とは異なり
「……何だよ……せっかくいい夢を見てたのに」
そう言いいながら恭平君はその綺麗な黒曜石の瞳をゆっくり開きます。
そして泣き出してしまった私に驚いた後。
優しくギュッと、私の事をその温かい胸の中に抱きしめてくれたのでした。
恭平君の腕の中、優しく伝わる彼の鼓動をしばらく聞いた後で、私はずっと気になっていた事を彼に尋ねてみました。
「ねぇ、恭平君はどんな夢を見ていたの?」
すると恭平君は漫画の中でも見た事が無かったくらい幸せそうに、でもどこか切なげに笑って、彼が見ていた夢の話をしてくれたのでした。
最期まで読んでくださり本当にありがとうございました。
恭介君のヤンデレなR18部分を加筆したものをお月様の方にも投稿しました。
https://novel18.syosetu.com/n3442gy/
もし18歳以上で苦手でない方はこちらも覗いてみていただければうれしいです。
作者名『tea』で検索していただければ他にもいろいろ出てくるかと思います。
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