不器用な感謝状
俺には長い付き合いのいとこがいる。名前はルノ。ルノと出会ったのは俺がまだ赤ちゃんの頃だった。彼女の家族は俺の母方の親の家に二世帯で住んでいた。彼女の母親は義理の姉となるが気があったらしく、子供同士の俺らはよく兄弟のように遊んだ。母方の親の実家は花農家をしていて扉を開けたら大自然。そんな中でただひたすらに彼女と怒られ走り回り、水遊びをしたりおままごとなんかもした。そんなルノとの楽しい日々は彼女が幼稚園に通いだして変わった。夏休みに母親と俺で数日間泊まって、また冬休み、バイバイ。といった連休での仲になった。それでも彼女は変わらず気が弱かった俺をぐいぐい引っ張り、天真爛漫な笑顔で俺を未知の体験へと連れてってくれた。月日が流れても年に2.3回のルノとの日々が大切なものだというのは変わらなかった。
小学5年生の夏休み、少し思春期だった俺は例年通り彼女に会っていた。彼女はもう女性らしい見た目だが性格は相変わらず。会う前は緊張もしていたがその緊張がほぐれるのは時間の問題だった。あと2日もすれば帰るというころだった。年に数回しか会えないんだしせっかくなら、と彼女が思ったのだろう。
「少し自転車で遠くまでいかない?」
彼女からの提案だった。彼女はいつも突拍子もないことを言っては俺を楽しませたり、一緒に怒られてきた。慣れっこだった。
「いいよ、おじいちゃんから自転車借りれるかな?」
一緒に行こ、っとそそくさと彼女は走り出していく。俺も追いつこうと急いで靴下を履いてついて行った。彼女はもうおじいちゃんと準備していた。女性らしく綺麗だがよく見ると傷が多いその足で自分の自転車をまたぎながら、彼女はおじいちゃんが自転車に空気を入れるのを見ていた。彼女の足に少し見とれながらも小走りで近づくとおじいちゃんがこれでよし、っと言わんばかりの地団駄で、俺に砂埃で少し茶色く、サドルのスポンジが少し痛そうな自転車を貸してくれた。
「気をつけるんだぞ」
優しい声でそういった。最近まで思春期だった彼女には厳しいが、こういうときは俺と同じ孫なのだろう。ありがとう、と言った俺は彼女と家の前の砂利道をゆっくりと少しづつ自転車で進んで行った。やっとちゃんとした道に出た。まだまだ家は見えるが意外と疲れるものだ。だが彼女の年上とは思わせない俺に向けられる笑顔で俺はどこへでも行ける気がした。これは俺だけではなかったみたいだ。彼女はどんどん進む、太陽もどんどん進んでいた。夕日が眩しかった。彼女と話しながら自転車を走らせているこの瞬間を俺は楽しんでいた。
「ワンッ!」
そう聞こえたのは後ろからだった。一旦俺らは止まり、後ろを確認した。その鳴き声は近すぎたからである。道路を挟んで向こう側の道路にはこっちに向かってくる1匹の犬がいた。俺はどちらかといえば猫派である。だが犬派でも関係なかっただろう。
「ルノ、逃げるぞ!」
俺らは鬼ごっこをするかのように逃げた。俺は後ろも振り返らずに彼女をも追い越して全力で自転車を走らせた。タイヤが風邪を切るをとが聞こえるほどに。だが俺は気がついた。彼女の自転車をこぐ音が聞こえない。止まって後ろを振り返った。俺の目に映るのは、止まって犬を見る彼女、道路を走る車、俺らの方へ走ってくる犬。
「ドォン」
鈍い音が微かながら聞こえた。犬が轢かれた。いや轢くと言うよりぶつかったという方が正しいか。そんなことを考えながら見ていた時、彼女が自転車を降りた。彼女はその犬の方へ走った。犬を轢いた車は何事も無かったように走り始めた。俺は今更ながら状況を把握した。とりあえず行かなければ。そう思い自転車で全力で向かった。反対の歩道へ行った。自転車を置いて、どうしようか考えた。犬は歩道のほぼ真ん中、どつらかといえば俺のいる歩道に近かった。彼女はというと倒れている犬をさすっている。よく見ると犬の首には鎖が付いていた。
「歩道側に引っ張るの手伝って!」
彼女はそう言いながら鎖を引っ張って移動させた。俺は怖かった。動けなかった。とりあえず近づいた。彼女も焦っているようだった。犬には血が着いていた。勢いはそこまでなかったが致命傷を与えられたのだろう。犬の息も荒い。目も虚ろだ。大人を呼ぼう、そう考えた俺は彼女に犬を任せ近くにあった家に片っ端らからピンポンをした。誰も出てこない。そもそも居ないのかもしれない。だがある家で犬小屋がある家があった。小屋には犬がいない。地面には何か刺さっていたような後があった。ここだ。そう思い、希望を持ち家の前まで行った。いやな予感がよぎった。ピンポンを押した。返事はない。何回もピンポンをした。ダメだ、そう思った。もう周りに家は見当たらない。田舎が故の弊害だった。俺は走って彼女のもとへ行った。
「ダメだった」
彼女は瀕死の犬をさすっていた。不安そうな顔で。情けなかった。性別がなんだ、歳がなんだ、多分彼女は1年前でも犬の元へ行っていた。俺は行けなかった。なんなら逃げようと言ったのは俺だし、轢かれたあとも何もできず見ていただけだった。そんな嫌悪感に包まれていた中、1台の車が近づいてきた。4人乗り程の車は俺らの前に止まった。何やら後部座席にはケージが乗っていた。1人の男性が車から降りてよってきた。
「大丈夫?どうかした?」
彼は俺らを見て状況を把握したのか、車から犬用の水を入れる容器と水を持ってきた犬に飲ませた。俺らは状況を説明した。
「助かるかな?どうすればいいかな?」
早口で2人で聞いた。
「なんとかしてみる、とりあえず君たちは帰りなさい」
そう彼は言い、俺たちは彼に任せた。帰りの道で俺らは何度も犬に対して不安の言葉を交わした。そして家に帰って2人で親に話した。
後日、あの犬が死んでしまったことを伝えられた。田舎の情報網は広い。すぐにわかったことだった。彼女はそのことを聞くと何事もなかったように俺を連れて遊ぼうとした。彼女の表情はいつもの笑顔ではなかった。他人の家の犬なんだよ、あの時まで知りもしなかったんだよ。そう言い聞かせているような気がした。あのとき俺は彼女に泣いて欲しかった。彼女なり意地っ張りだったのだろう。でもそういう時は泣いてもいいんだよ。そう言える自分でありたかった。あの時の無力な自分から変わり、ルノの笑顔を守る。小学五年生ながらにそう思ったのを高校2年生の今でも覚えている。ルノは大学受験とコロナという困難に立ち向かっている。もし君が自信を無くした時、この小説を君が人伝えに聞いたり、君が読んだりして俺に影響を与えたことを知ってもらいたい。君はすごい人だよ。君に伝わればすこしでも嬉しいよ。だから俺は偉大な人になって君が誇れるようになるよう頑張るね。
これは人物名を除きほぼ実話です。