俺の知らない3回目の元婚約者。
グヴィル視点の話です。
3回目なので〜をお読み頂いた方から句読点が多い、とのご指摘をもらいましたので、いくらか直しておきました。
俺が元婚約者のジュネーヴェラに初めて会った時に思ったのは、俺に釣り合わない容姿のこんな女と将来結婚するのか、だった。俺の家系は王女殿下が降嫁した由緒正しい血筋で俺は自分で言うのもおかしいかもしれないが美しい、と自負している。その俺の隣に立つに相応しい相手じゃない事だけは確実に言えた。有り得ないだろう、こんな女。
そう思っていた自分を罵ってやりたい。
誰が思うのか。
あんなに美しい女に変身するなんて。
それは、国王主宰の夜会でのこと。勝手に1年早く卒業したあの女が兄をパートナーとして現れた時だった。地味な色合いの髪と目。更にはその目はいつもボンヤリとしているように思えた。だが、そう言い切れる程俺はあの女と……ジュネーヴェラと向き合って来なかった。
いつだって俺はジュネーヴェラが俺の隣に立つ事を許す気が無くて。必要最低限の婚約者としての逢瀬ですら茶を一杯飲むだけで義理は果たした、とロクな会話もせずに退散していた。
でも、と考える。
ジュネーヴェラはその間にいつも俺の事を知ろうと話しかけて来ていた。最初の頃はジュネーヴェラも緊張していたのか話しかけて来る事もなく。俺は最初から会話する気も無かったから無言で終わっていた。それではダメだと判断したのだろう。ジュネーヴェラから頻繁に手紙が届いた。その手紙にすら俺はロクな返事を出していない。
全てはあの外見が、俺に拒否を起こさせていた。
そもそも俺達の婚約は家同士のもの。ジュネーヴェラが俺の妻になるという事は、長男の俺が公爵。そしてジュネーヴェラが公爵夫人になるわけだった。あんな地味で気鬱になりそうな外見の女が公爵夫人。到底許せるものでは無かった。
「兄さんはジュネーヴェラ嬢のどこがそんなに気に入らないんだよ」
2歳年下のゼブロに言われた時には「全てだ」と言ってやった。
「ジュネーヴェラ嬢は、あんなにも兄さんと仲良くしようって一所懸命なのに」
「なら、お前があの女と結婚してやれば良い」
「それが出来ないのを分かって言ってるよね? それとも俺に嫡男の地位をくれる? それならジュネーヴェラ嬢は頭も良いし、気遣いも出来る女性だから俺は結婚するよ。大切にする」
「あり得ん。俺が次期公爵だ」
誰が嫡男の立場を放棄するか、バカだろう。ゼブロを鼻で笑った。あの女と結婚するのは、家同士の契約。せめてあの女に似ていない姉か妹がいれば相手を替えて契約が続けられるのに。
そんな事を考えていた俺は、だからゼブロの言っていたジュネーヴェラに対する褒め言葉など、全く聞いていなかった。
それどころか、この考え通りの事が起こるなんて思ってもみなかった。
15歳でパルペン学院に入学した時、ジュネーヴェラが新入生代表の挨拶をして内心苛ついた。首席の者が挨拶するわけだから、そういう事なのだろう。勉強が出来る事を鼻にかけている気がして益々嫌いになった。だから尚更婚約者としての最低限の付き合い以外は交流を持たなかった。
そうして俺は最終学年で運命に出会った。
急いでいたらしい女生徒とぶつかり、目が合った瞬間。俺達は恋に落ちた。その時は名前も聞かずにいたが、新入生なのは分かったから毎日彼女を探しに新入生のクラスへ足を向けた。やっと見つけて名を教え合った。その時は俺の家名を教える気にはならなかった。
家ではなく、俺を好きになってもらいたい。
そう思ったからだ。まるで天使のように可愛い彼女……マーゴットとの逢瀬を重ね、マーゴットと結婚したい、と思い始めていた。マーゴットも同じ気持ちだと知って俺は益々浮かれた。そして俺は家名を名乗り、マーゴットからも家名を聞いて尚更運命だと思った。俺とジュネーヴェラの婚約は家同士の契約。つまりジュネーヴェラから彼女に変わっても何の問題も無かった。
だから婚約破棄しようとジュネーヴェラを呼び出したのに、何故か周りからジュネーヴェラは既に卒業したと言われた。
あのシステムを使える程の成績を収めていたなんて俺は認めたく無かった。けど、学院に在学しているゼブロが俺に冷めた目で言ってきた。
「何を言ってるんだよ、兄さん。定期試験後には掲示板に毎回上位成績優良者の名前が貼り出されているじゃないか。兄さんの学年は毎回ジュネーヴェラ様が1位になっていただろう。いくら自分の成績が悪くて優良者にならないからって、婚約者の事なのに興味無さ過ぎ」
ゼブロは、いつの間にかジュネーヴェラを様付けで呼ぶようになっていた。
「た、偶々だろう」
「えっ。兄さん馬鹿なの? 兄さんだって試験を受けて来たんだから、毎回難しいのを分かっているよね? 俺だって学年1位を取っても直ぐに誰かに取られる成績を繰り返しているのに。ジュネーヴェラ様は一度も首位から陥落した事が無いんだよ? それがどれほどの努力か、俺は分かる。ジュネーヴェラ様の兄君が教えていたとしても、それでもかなり勉強していたと思うよ」
ゼブロに馬鹿にされた事にカッとなった。だから余計にジュネーヴェラが不正をしたのだ、と思い込んだ。結果は俺が父に怒られるというものだった。何故だ。何故俺が怒られる? 理不尽な思いを抱えたものの、それ以上は口に出来なかった。代わりに口にしたのは、ジュネーヴェラとの婚約破棄でその異母妹であるマーゴットとの婚約に変更して欲しい、という願いだった。
それについて父は、話は分かったと頷いただけ。それでも聞いてもらえたならと俺は引き下がった。だが、結局卒業するまでマーゴットと婚約を結び直した事を俺は知らされなかった。それどころか公爵家嫡男だというのに、俺は下っ端で城に仕える事になった。公爵家嫡男だぞ⁉︎ そうは思うものの、成績という誰も文句の付けようがない客観的な物証により、俺は燻る心を抑えて仕方なく仕事をしていた。
そんな腐り出した心に、国王陛下主宰の夜会の招待状が届いて俺は直ぐに愛するマーゴットと共に城へ向かった。そこで、あんなに美しくなったジュネーヴェラを見ることになるなんて、俺は思ってもみなかった。
第二王子殿下の側近としてマーゴットとジュネーヴェラの兄のコールマンが。その姿をマーゴットもファラン侯爵夫妻も知らなかったようだが、その上コールマンにエスコートされて現れたジュネーヴェラを見て、更に驚いているようだった。マーゴットはドレスの方に驚いていたようだが。
「義父様、義兄殿とジュネーヴェラが第二王子殿下付きだとご存知だったのでしょうか」
俺は呆然としつつもファラン侯爵を見る。同じ表情のファラン侯爵は首を振った。
「コールマンからの手紙には書いていなかった。ジュネーヴェラに至っては連絡すら無かったからな」
「親子ですよね?」
俺が首を傾げれば、ファラン侯爵は気不味そうに視線を彷徨わせた。
「あら、グヴィル。知らなかったの? お兄様とお姉様は家を出ましたのよ」
「それはジュネーヴェラが卒業したからだろう?」
「元々お2人は私とお母様を虐げていましたから、お父様が家を出て行け、と仰いましたので出られましたのよ」
この話に俺は首を傾げた。本当にコールマンとジュネーヴェラがマーゴットとその母を虐げていて、それに怒ったファラン侯爵が家を出るように言ったとしたらあの2人が第二王子殿下の側に居るわけがない。
俺がそれを指摘すると、マーゴットが一瞬顔を歪めた。その表情を俺は見逃さなかったがマーゴットは直ぐ様隠した。
この時、俺は初めてマーゴットに違和感を抱いた。
優しくて可愛く素直だと思っていたが、それはもしや演技なのでは無いのか、と。
だが国王陛下の話が始まり、美しい所作でカーテシーを決めた元婚約者に目を奪われた俺は、ダンスを誘って来たマーゴットに不審感を抱かれないように慌ててファーストダンスを申し込んだ。
ジュネーヴェラと踊った事は何度もある。マーゴットと踊るのはこれが初めてだ。そしてその違いに驚く。マーゴットは生まれた時は貴族では無かった。それ故にマナーも知識も怪しい。それは分かっていた。その上ダンスさえもジュネーヴェラに劣るとは。俺はダンスが結構好きでジュネーヴェラ以外の女性とも踊った事はあった。ジュネーヴェラは特別上手いとは思わなかったが踊りやすくはあった。だがマーゴットは合わない。幼い頃から踊っていなかった所為もあるだろうが、おそらく令嬢になってからもそんなに練習していない。こればかりはジュネーヴェラの方が良かった。
「マーゴット」
「なぁに?」
「今度ダンスの練習をしようか」
俺は優しく微笑みながら言ったのに、マーゴットが即不機嫌になった。……何故。
「まぁ! 私が下手だとでも?」
「そうではないけれど、俺はダンスが好きだからマーゴットと踊るために練習を一緒にやろうかと」
「結局下手という事ではなくて? 私が令嬢として足りないと言われているみたいだわ」
「そういう事では……ただもう少し練習をしてもらえれば、と思っただけだ。マーゴットはダンスが嫌いか?」
眉間に皺が入りっぱなしのマーゴットに尋ねればマーゴットは「ええ、あまり好きではありませんわ」と不機嫌極まりない、という表情で言ってきた。これ以上言えば更に機嫌を損ねるのは経験上知っている。
コロコロと表情を変えるマーゴットが可愛いと思っていたが、嫌いな事は俺が好きな事でもやりたくないと不機嫌になってしまうところは、子どもにしか思えない。
ジュネーヴェラは地味な色合いに地味な顔立ちで俺に相応しいとは思えなかったが、それでも俺が興味がある事を知りたがってくれた。好きな物を知りたがってくれた。……何故今更こんな事に気づくのか。
マーゴットは自分の好きな物は覚えろ、と強制してくるのに俺の好きな事に興味を持たない。それは……本当に俺を好きでいてくれるのだろうか?
俺はマーゴットと恋に落ちたと思ったが。
マーゴットは本当は俺ではなく、ダット公爵家嫡男が好きなのではないか?
グヴィルという男では無いのではないか?
いや、まさか。マーゴットを疑うなんて有り得ない。そうだ。何を馬鹿な事を考えてしまったのだろう。
軽く首を振って一旦マーゴットをファラン侯爵夫妻の元に返した。それから俺はマーゴットから離れて挨拶周りに出ようとした。
「グヴィル? 何処に行くの?」
「挨拶周りだよ。顔を繋いでおかないと」
「そう。それならいいけど。間違えても他の女の子に声はかけないでね?」
「マーゴットがいるのに?」
俺がそう言って笑えば、そうよね、と言わんばかりにマーゴットは得意げに笑った。自信があるのは構わないが見方を変えれば傲慢になりそうだ。そう思いつつ挨拶周りを始めた俺は父が挨拶周りをしているのを視界に捉えた。ついでだから父親の知人にも挨拶をするか……と考えていると、父がよりによって第二王子殿下に近づくのが見えた。
少し迷ったが俺もやがては公爵になるのだから顔は繋いでおいた方がいいはずで、少し遅れて近寄ろうとしたところーー
「ダット公爵。何の用かな」
第二王子……エリンヒルド殿下が父を牽制した。珍しい。あの王子はあからさまにこんな態度を取らないのに。
「いやいやグヴィルの婚約者の兄と姉に声を掛けてもおかしくないでしょう」
「ファラン侯爵家嫡男・コールマンと申します。妹は挨拶を遠慮願いたい」
父親がエリンヒルド殿下に応えた途端にコールマンが名乗る。同時にジュネーヴェラに挨拶はさせない、とはっきり言った。地位としてはコールマンの方が父親より下なのだから、舐められないように言い聞かせる必要がある。しかしエリンヒルド殿下の前でそのような態度は取れない。父が下がった。
「コールマン君、今後ともよしなに」
「節度ある付き合いをしましょう」
父の言葉を軽く一蹴したコールマン。あの父にそんな態度を取るとは……と焦ってしまった。だが父はそれ以上何も言わなかった。いや言えなかったのか。エリンヒルド殿下が父に何かを囁けば、父は一度言葉を飲み込むような表情をして引き下がった。
「それで? 君は?」
何の用だ、とエリンヒルド殿下の視線が俺に向けられた。何も感情が乗っていない目。俺はチラリとジュネーヴェラに視線を向けたが、俺から隠すようにコールマンがジュネーヴェラの腰を抱いてジュネーヴェラの顔をその胸に押し付けた。
「その、婚約を解消した理由を聞かせて欲しい」
そう言った俺自身が驚いた。
全くと言っていいほど、そんな事は気にしていなかったはずなのに。
兄とはいえ男に抱かれるジュネーヴェラを見て、チリチリと胸の奥が焦がれた気がした。
コールマンがジュネーヴェラの様子を見る。コールマンの耳に密事を囁くジュネーヴェラが可愛く見えてコトリと心音が鳴った。コールマンは分かった、とばかりにジュネーヴェラから身体を離す。
「お久しぶりです、グヴィル様。婚約解消の理由などご自分の態度を省みればお分かりかと思われますが」
「俺の態度、だと?」
「婚約者として必要最低限だけの関わりしか持たない。ファーストダンスを嫌々踊られた後は私をほったらかし。プレゼントも誕生日などの最低限の時だけです。例え家同士の契約でも距離を縮めようとする私を蔑ろにされるあなた様と婚約は続けられませんわ。ちょうど異母妹であるマーゴットとグヴィル様が惹かれあったようですし、それなら家同士の契約も破られなくて良い事ばかりですわ」
俺は何も言えない。
いや、マーゴットとの事だけは何故知っているのか確認出来る。
「マーゴットの事を何故……」
知っているのか、と最後まで口には出来なかったものの尋ねた。ジュネーヴェラはあの美しい笑みを親しみ深い笑みを浮かべて、俺に宣告した。
「学園を1年早く卒業しても、友人との付き合いは続きますわ。グヴィル様の婚約者が私からマーゴットに変わった事を皆様ご存知でしたけれど、それでもいくら婚約者と言えども……という苦情の連絡と共に聞き及んでおりました」
婚約者同士でも周囲に憚る事なくイチャイチャしていたなら、それはそれは不快な想いもされていたでしょうね、とジュネーヴェラが言い放った。
この時ようやく俺は、ジュネーヴェラに見限られていたのだと知った。ジュネーヴェラに見限られる。……もう愛されない。と解れば酷い喪失感に襲われた。
俺はようやく気付いた。
ずっと側にいたのに。
今頃、ジュネーヴェラの事を大切に思う気持ちが芽生えるなんて。
失わなければ気付かないなんて。
だが、もう何もかもが遅かった。
後悔しかない男になりました。
もっと嫌な奴じゃなくて良かった。と、少しだけ安堵するのか、もっと反省しろ。と思うのか。皆さんにお任せします。
とりあえず、このシリーズはここで終わりです。何か思い浮かんだら続きを執筆します。では。