ミートソース
目の前では葵がもくもくとミートソースパスタを食べている。
とことん可愛いのだけれど、厳密には、美人というほどではないのかもしれない。愛らしいというべき。
ただこういう子が男からモテるのは確かだろう。というより近づきやすい。
ぼくと付き合うまえにもそれ相応に男には親しんできたようだし、付き合うのかどうかも有耶無耶なまま、関係を結んだこともどうやら一度や二度ではないらしい。
べつにぼくからいろいろ訊いたわけじゃない。彼女のほうからそれとなく話してきたのだ。反応に困ったし、なぜそんなことをわざわざぼくに教えるのかと訝ったけれど、怒るのも変だし、気にしないふりをして通した。
それにぼくとだって付き合うまえに、まずは男女の仲になったわけだから、怒るのは筋違いな気もした。それらの男とぼくとの違いは、事後に正式な関係に進んだか否かの違いでしかないともいえる。
だけど、と頭をもたげるものもある。ぼくは正式にお付き合いしたい子としかそういう間柄にはならない。それをするためには好きという気持ちが必要になる。彼女はどうなんだろう。
これは勘だが、葵は自分を気に入ってくれる男を求めている。自分が男を好きになるより先に、男が自分に好意を向けてくれることが必要なんだと思う。
自分に色目をつかってくれる男たちのなかから、嫌でないひとを選別する。そういう流れではないだろうか。だからべつに彼女から好きになるわけじゃない。たぶんそうなのだ。ぼくも嫌じゃない男の一人だったんだろう。
この答えには、すこしもの悲しいところもあるけれど、現実がそうであるなら仕方ない。いや、もちろん、この考えを彼女に確認することなんて出来ないから、実際どうなのかはわからないけれど、まあ、それに、それも悪くはない。気が楽だし。
「どうしたの?」こちらを見つめて彼女は訊く。もう三分の二ほど平らげている。
「ちょっとひと息ついてただけ」四分の三ほど残る皿を見やって言葉を返す。
「そう。いっぱい食べないと」
姉のような口振りの彼女に曖昧に頷いて、ナポリタンを口に運ぶ。
でも、他の男ならまだしも、というよりおれの知らない男はいいとして、なぜあいつとヤッたのか。解せない。この子を紹介してくれたあいつと。おれの二個上のあいつと。
これに関しては未だにまったく整理できない。正直いって吐き気がした。頭が追い付かない。未だに。
ただ、この気持ちを彼女に訴えるすべはぼくにはない。おれとあいつと彼女ともう一人の女で飲んだあの日の、数日前にこいつらはヤッた。それをなぜか最近になって彼女はぼくに告げた。
罪悪感があったのだろうか。
ぼくに教えること、それを秘密にしたままずっとバレずに過ごすこと、あるいは途中でバレてしまうこと。
いずれが、ふたりにとって賢明だったのだろう。幸せだったのだろう。ぼくに選ぶ権利はなかったから、もはや夢想するしかない。
傷ついた。頭が壊れそうになった。
でもこれもなめて、乗り越えなければいけない辛酸のひとつのような気が、今、し始めている。
それに、結局、ぼくはカッコつけなければならない。気にしてないふりをしなければならない。
それは、彼女の目を気にしてということもあるだろうが、それ以上に、自分の目を気にしてのことだ。
そんなのはわかりきっている。だから考えるまでもないことなのだ。答えは初めから決まっている。ぼくは葵を愛する。別れがくるまでずっと。
彼女を向くと、ちょうど最後のひと口を、フォークにくるくる巻いている。
それが、彼女の口に消えるのを見届けたところで、目が合った。葵はにっこりする。
さんざん振りまいてきた笑顔であろうことに、ぼくは気づいた。
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