タカシの街はナイーブ
竜族の荒っぽい歓待を受けた後にボクとシーナは魔族の王城で努めてささやかに挙式してもらった。人間の街では嫌だとシーナが言い張ったからもあったし、実際、ボクは元の世界でもこの世界でも結婚なんてしたことが無いし、しきたりも知らない。ここが一番良いと思ったし、さすがに人間の結婚式で人肉の料理を出すべきだと主張する魔族もいなかった。王都を出る直前にフェーンが気になることを言った。
「ゲ・ボーを信仰する者たちが現われているようです。」
「ゲ・ボーを?」
「はい。」
確かに賢者の中でもゲ・ボーはひときわ派手なパフォーマンスをやった。
「ゲ・ボーは、喋った感じだとそういうのに興味なさそうだったんだけど。」
「私は直接お会いしたことはないのですが、ボブ様が仰られるならそうなんでしょう。しかし、ゲ・ボーの庇護を求めて東へ向かう者たちが出始めているようで。…まあ、どうにもならないのですが。」
「どうにもならんですね。」
そんな会話をして王都からタカシの街へと帰った。タカシの街はいつものように大勢の人間が行き来しているが、皆、どこか気が抜けている。そんな中、一人、元気いっぱいなのがマリクだ。すっかり元気を取り戻した彼はリニューアルされたカレーの無料券を通貨代わりにバンバン商売していた。溜め込みぎみだった金や銀はずいぶん人手に渡って、しばらくはマリクの店を強盗が狙うこともなさそうだ。
「この前、タカシさん来たよ。」
カレーを注文するとマリクに声をかけられた。
「やっぱり、紙幣は作るみたい。相談された。」
シーナはそのあとカレーを食べながら、紙幣という概念をマリクから説明されていた。魔族と人間の間で交易が始まったために、モノの流通量がどっと増えたのだ。そして、モノの流通量が増えると、そのために貨幣が増えなければいけないのに、現在のこの世界の金貨と銀貨の量には限界がある。マリクのそうした説明は何度もシーナは聞いていたはずだが、シーナは頷きながら聞いていた。マリクのこのテの話は人をひきつける。
「おいしかった。ありがとう。」
ボクはマリクを新天地に連れて行くべきではないと考えを固めた。シーナにそう話すと意外そうな顔をしたが、カレー屋の支店は誘致して欲しいと言われた。
「カレー屋ギルド設立まであるな。」
「それは作るべき。でも名前はスパイスギルドでしょ?」
この世界のカレー屋は人間だけではなくありとあらゆる種族に対してカレーモドキを作るスパイスレシピを完成しつつある。そもそも元の世界にはあってこちらの世界にはないスパイスがあり、その逆も存在する。だから、本来あるべき印度風カレーや英国風カレーと同じものは作れない。これはまあ仕方がないことだが、こちらの世界は食事をしに来る種族が多い。そしてそれぞれの種族ごとに異なる味覚と異なる需要を持っていて、例えば一部の種族に対しては鉄粉が調味料として機能するといった具合で、そうした知識がないと市場に対応できないのだ。
「ギルドの設立ならカウンスへ持ちかければいいのかな?」
「カウンスのギルド長会議にかければいいはず。ちょっとその話してくるわ。」
シーナはそういうとマリクのところへ戻っていった。ボクはそのままタカシの館に向かった。
「こんにちは、ボブ。」
「こんにちは。」
ゲ・ボーが作った堀である「ゲ・ボーの溝」はタカシの町のすぐそばまで掘られている。街の人々はその力に圧倒され、いまだに何か漠然とした不安が拭えない。漠然とした不安とは「巨人族が本気を出したら魔族も人間もひとたまりもない」ということだ。事実、転生者にとってのはじまりの街「ザワ」は消えた。溝にはすでに水が流れ込み、用水路のようになり始めている。世界が変わったのだ。
「タカシいるかい?」
タカシは出てこなかった。本当にいなかったのかもしれない。ボクはタカシの館のメイド長に「街を出る」と言付けると、身支度をするために薬屋ギルドへ帰った。




