市長室
「賢者さま、合羽はお脱ぎになれば?」
「いえ、ローブかマントを着る慣わしなんですが、たまたま無くて。」
ボクは適当にごまかしたつもりだったが、市長はいまいち話が通じなかったと感じているらしい。しかし、その件についてそれ以上追求するつもりは無いようだ。
「失礼します。」
「入れ。」
若い女性の職員だ。市長に何か耳打ちする。
「それ、耳打ちじゃなくても良いだろう。賢者さまにも聞こえるように報告しなさい。」
「ヤソヒネはザワに行くと言って以来、姿をくらましております。」
そう言いながら女性職員はボクと市長の間のテーブルに地図を広げた。
「一応、持ってきました。」
市長は頷く。
「キスタラの案はこの森の境目だ。」
市長が示したのは高台を望む森の境目で、そこから斜面を下るとタカシの町の中心である旧駅舎にたどりつく。
「タカシの町の人間もそういう認識です。」
市長は職員にペンを持ってこさせるとそこに線を書き込んだ。北西にキスタラ、南にタカシの領地、北東に壊滅したザワがある。
「ザワ領はどうします?」
ボクが言うと女性職員も市長を見た。市長は苦悶している。正確な位置は分からないが魔族がザワ領を進軍しているのだ。
「キスタラは軍を出してキスタラの領内を守るので精一杯だ。しかしこれだけの領地を魔族に取られるのは流石にまずい。」
ボクは地図を指で示す。
「この辺まで押し返して、タカシにあげちゃったらどうでしょう。今のところタカシの領地は魔族は攻撃してきません。」
すでにザワの城は陥落しているので魔族が旧ザワ領を半分以上抑えていることは想像に難くない。魔族の主力はもっと南方にいたはずなのにこの速度でザワに到達したのは何かウラがあると思うが、そのままの速度を維持すればもっと北方のカウンスやさらに北の方の領土を侵攻するのは目に見えている。
「私から言えるのは。」
市長は悶えながら搾り出すように言った。
「旧ザワ領についてキスタラは領有するつもりは一切無いと言うことと…キスタラ領への魔族の侵攻を止めることが最優先であること。また、当然、旧ザワ領について何ら権限は主張しないが、旧ザワ領を通る交易が破壊されることは避けたい…これが私の言える精一杯だ。」
「了解しました。」
ボクはその場で煙に変わった。女性職員の驚く顔がまぶたに焼きつきそうなほど面白い。そして、後で不便するといやなので、雨合羽も回収した。
「カッパまで消えた!」
市長が思わず声に出した。
「またお会いしましょう。」
そういってボクは市長室の窓を開け放ち旧ザワ領を目指した。




