タカシはうたた寝する
タカシは手首に鈍い痛みを感じた。
「危ない気をつけて。」
スーツの男性がホームから足を踏み外したタカシの手首を掴んで引き戻した。タカシは心拍数が上がっているのを感じながら駅を出て帰路へついた。
「あ、痴漢…」
タカシは明日、駅でその話をしようと思った。とにかく頭がぼんやりする。その日はフワフワしたまま過ごして、眠って起きて、翌日、駅員に昨日の痴漢の件で特徴的な腕時計のてが痴漢していたのを見た気がすると白状した。鉄道警察に見たままを話すとまた、いつもの日常に戻った。戻ってないのはこの浮遊感のようなものだった。あのとき線路に何かを落としてきた気がする。学校に行くのも忘れて帰宅すると、家族が何か行っているのも聞こえずにベッドに倒れこむ。
「ボクは…だれだ?」
自然と出た言葉はそれだった。生まれてから今まで何をした人間だったのか、思い出せても実感が無い。部屋の外で家族が何か言っているのが聞こえる。起きなきゃと思いながら、タカシは深く眠った。
「タカシさん?起きてますか?」
タカシは夢を見ていたようだ。頭がフワフワするが、目の前に置かれた杯を一気に飲み干すと頭が冴えてきた。魔族の娘が給仕している。ヤエーロという名前で落ち着いた紫の髪に透き通るような白い肌をしている。
「ネックレス、やっぱり似合ったね。」
ヤエーロの首にかかる金細工はタカシが贈ったものだ。
「ありがとうございます。」
魔族の領地から人間の世界に輸出できるものはいまいち少ない。こうしてタカシの町に出稼ぎに来る魔族は少なくない。タカシは出稼ぎに来た中から自分の好みの娘を見つけては身の回りの世話に雇っていった。
「もうすぐ屋敷が完成するんだ。そうしたら、キミの部屋もちゃんと作るから。」
「嬉しいです。」
ヤエーロはそう答えながら空いた杯に紫色の液体を注ぐ。
「ところでタカシさまの目標を教えていただくことは出来ますか?」
タカシはどう表現したらいいのか迷っているようだ。
「異世界でハーレム生活?」
「それは…なんでしょう?」
タカシはヤエーロの反応が面白くて笑ったが、すぐに真顔に戻った。
「なんだろう…実は昔のことあまり思い出せなくて。」
「そういうことあります。」
タカシは「そうだね」と答えると自分の座る長椅子の片方に寄って座りなおした。ヤエーロは長い尾をうまくさばくと空いたスペースに腰掛けた。
「ボクのこと食べたい?」
ヤエーロは頭を振る。
「元々、特別な時にしか食べない慣わしなので。それにタカシさまは特別です。今は故郷は人間の肉には不便していないみたいですし。」
「確かにそうだ。」
ザワが陥落してタカシの町の東側の国境線がだいぶ北上した。魔族の軍勢が勢力を伸ばしたのだ。詳しい情報は入っていないが、中立なはずの巨人族の怒りをかったらしく、あっという間に城ごと踏み潰されたそうだ。
「巨人族がなんて種族いたんだね。」
タカシがため息をつくとヤエーロは
「私は知っていましたよ?」
と微笑んだ。




