優しき賢者
ボブ一人ならばもっと早く長距離を移動できるが、マリクが自分で行くことに意味がある気がして、ボブは何も言わずに徒歩でマリクについていった。
「多分あれがノームの集落だよね?」
シーナが指差す。
「お前、目がいいな。」
「シーナは目がいいんです。」
マリクはなけなしの金貨を持ってノームと交渉に挑んだ。
「待て転生者、先にお前たちに会いたい人がいる。」
集落の奥から歩いてきたのは体をすっぽりと包むローブを纏った老いたノームだった。
「ノームの賢者だ…」
ボブが呟くと、シーナとマリクがボブを見た。
「私はシャムロウ。ボブ、シーナ、マリクで名前は間違いないね?」
シャムロウは女性だった。そして、恐らく目は見えない。しかし、ボブ同様に賢者の目は開いている。
「私は光なき闇の賢者。全ての影と暗闇を渡る。賢者ボブが体を煙に変えるように。」
そういうや否や目の前から掻き消えた。ボブには波紋のように広がったシャムロウが辺りの物陰全てに拡散したのが分かった。そしてボブに囁く。
「全て見ているわけではない。しかし、私はすべて見ていた。」
「でしょうね。」
シャムロウは再び目の前に現われた。
「こちらのマリクという男の願いを聞いてなさい。」
「ほい!」
ノームたちはマリクを連れて飯屋のようなところへ連れていった。
「転生者から賢者が生まれるとは、私も予想もしなかった。人間に転生召還の術を与えたのは私だ。」
ボブとシーナは立ち尽くしていたが、ノームたちが椅子とテーブルと料理を運んできて、野外の昼食会のようになり始めた。
「魔族は人間の肉に飢えていた。私が出来ることは、魔族と人間のどちらかが滅ぶのを防ぐことだ。数で優勢な魔族に対抗できる転生者を外界から…その外界での勤めを終えたものをこの世界に拝借するのが私の狙いだった。」
「まあ、ほうっとけば死ぬ人たちですからね。」
シーナが言った。ボブはなんだか黙っていた。
「魔族、そしてザワの人間の両者から苦境を語られた私は、魔族にとっては人間の供給源として、人間にとっては新たな戦力として、転生者を召還することでしばらくの時間が稼げると考えた。事実上手く行った。」
ボブは色々納得がいった。そして、悪いことを考えるばあさんだなと思いながらも、素直に感心していた。シャムロウの姿かたちが一瞬ゆらいだ。目の錯覚かと思っていると、シャムロウはボブの耳の中で囁いた。
「賢者ボブは必要な時は左腕をどこに隠している?…いやいや、言う必要はない。今がその時だと言っておるだけだ。」
目の前のシャムロウは黙って微笑んでいる。ボブは素直にマントの中の左腕をいつもの隠し場所に隠した。恐らく相応の危機が迫っているのだ。
「人間たちも私も転生者が賢者になることなど想像もしていなかった。魔族と違い人間たちは、転生者に世界をのっとられてしまうと考えた。すまないな若い賢者。」
ボブは自分の座った椅子に何か術がかけられているとはじめて気づいた。
「シャムロウ!何て人だあなたは…!」
ボブは恨み言を言っているのではない。感嘆しているのだ。
「ふふふ…こうしないと人間がこの集落を滅ぼすと言っていたのでな。」
「え!?ボブ!?」
シーナが目を見開く。そこへザワの兵士たちが四方八方から殺到する。隠れていた彼らをボブが見抜けなかったということは、シャムロウが何かしていたのだろう。シーナが何か言いかけて眠ってしまった。食べ物に何か入っていたのだ。
「転生者ボブ、これまで我々のために働いてくれて感謝している。キミは栄誉ある帰還を許された。」
ローブの神官たちが一斉に術を始める。
「ボブさん!?ゴメン、連れてくるべきじゃなかった!」
ボブは兵士達に取り押さえられるマリクを見た。恐らく、ボブをここに連れてくるような暗示をかけられていたのだろう。シャムロウは光の当たらない耳の中でしゃべることが出来る。術に抵抗する術を知らない料理上手の転生者一人を暗示にかけるなど容易いだろう。ボブは椅子から身動き取れない状態でマリクに笑いかけた。
「カレー美味かったよ!」
そして、自分の左隣で朦朧としているシーナに声をかける。
「ずっと言えなかった。シーナ、愛してる。」
ボブの視界が真っ暗になった。ボブは地球へ逆転生させられたのだ。




