復路
ボブは日をおかずにシーナとカウンスに戻った。馬車馬のように働いた甲斐あって、少々懐はあったかくなった。カウンスでは転生者たちが町を近代化すると息巻いていたが結果は芳しくないらしい。シーナの祖父で賢者のシーナは、このカウンスの重鎮で、近代化に関する話し合いにも顔は出していたが反対はしなかったそうだ。
「爺さん、なんで反対しなかったんだろうね。」
「きっと、師匠は気づいて欲しかったんだと思うよ。」
ボブはシーナを連れてキスタラへ歩き始めていた。大柄な体をすっぽり覆うマントを羽織っている。
「なんで師匠の名前がシーナだってみんな黙ってたの?」
「ボクが生まれてからシーナってあんまり名乗らないようにしたんだって。」
「へえ。」
ボブが黙っているとシーナが小声で言った。
「理由が分からん。」
「うーん。」
ボブは単に気分ではないかと考えたが黙っておいた。
「そういえば、ボブ痩せたよね。」
「そう?」
節約ぎみの長旅が続いたせいか、ボブは少しスリムになっていた。そんな他愛もない話をしていると街道の先のほうで騒ぎになっているようだ。二人が小走りに駆け寄ると小さなキャンプ地で人だかりが出来ている。
「魔族かな?」
ボブがそういうと誰かが「家畜が暴れてんだ!」と教えた。ボブが人垣に近付くと、手負いの牛らしき生き物が暴れている。
「シーナ、取り押さえるから牛の治療の準備して。」
ボブはそういうとマントのフードを深くかぶる。深くかぶるや否や、マントは地面に落ち、ボブはその場から掻き消えた。そして、その場に霧が漂う。シーナは急いで傷薬と応急処置の道具を取り出すと次の展開を待ち構えた。霧は人垣を縫うように進むと牛に巻き付いて動きを封じているように見える。
「なんだこりゃあ!?」
やじ馬たちは自分の足元をすり抜けた霧に戸惑って声をあげた。その声の中、シーナは応急処置の道具を手にしつつ、ボブのマントまで小脇に抱えると人垣を掻き分けて牛へ向かった。
「通して、薬屋です。」
何人かは危ないと止めようとしたが、暴れ牛を絡め取る霧は時折緑の稲妻のようなものをはらみながら牛の動きを封じている。シーナは牛の怪我を治療しつつ、香料を使って、牛を落ち着かせようと尽力した。牛は徐々に怒りを納めて、ついに沈静化した。シーナも傷から割れた木片を取り除き、傷を洗って、膏薬を塗り、包帯を巻き終えた。シーナが地面に置いたマントが急に立ち上がった。
「もうよさそうだね。」
旅人たちは一部始終を目の当たりにしながら理解は出来ていない様子だ。ボブがこの世界との関わる形は霧のように消えることだった。ボブは生来、目立ちたがる性質ではない。人生の多くの時間を消えたいと思って過ごしてきた。




