賢者とボブ1
「お、シーナはいつ帰ってきた?」
「さっき。こっちはボブ。転生者だけど薬屋ギルドに入ってきた物好き。」
「どうもボブです。」
ボブは努めて朗らかに挨拶したが何か違う気がした。
「ほう、転生者か。さっきも宮城で転生者たちと話してきた。この街の『近代化』をやると息巻いていたぞ。上手く行くといいが…」
そう言って白いヒゲをしごいた。
「まあまあ、こっちこっち」
そういって奥の部屋へ招く。シーナとボブが招き入れられたのはこの老人専用の執務室のような場所らしい。
「シーナはそこへお座り、ボブさん申し訳ないが窓を開けてくれんか。」
「はい!」
ボブは粗相があってはいけないと勢いよく返事して窓を開ける。この世界に来て見た数少ない格子のガラス窓だ。窓を開くと空は曇っていた。
「ボブさん太陽は今どこにある?」
「え、雲に隠れてると思います。」
老人は「そうかそうか」と言って自分も安楽椅子に腰掛けた。
「転生者は賢い者が多い。ボブさんも知性が満ちておる。グリーンワンドの術もかなり使えるんじゃろう。」
そう言いながら老人も机の引き出しからグリーンワンドを取り出した。杖から緑の光が染み出すように部屋に広がる。
「ごくごく弱い術だ。抵抗する必要はない。50歳をすぎたころにワシが編み出した慢性的な疲れを『ちょっぴり』軽くする術じゃ。」
ボブは確かに「ちょっぴり」だと思った。術はかなり抑制的に行使されている。本当はもっと過激に疲れをぶっ飛ばす術があるのだろう。ボブは転生前の知識から常習性がある危険な術にならないための配慮なのだと推測した。
「この術についての感想は?同じ術を君は使えるかな?」
ボブは思わぬ質問に面食らいながら自分の推論を話した。
「えっと、本当はもっと効果が強い術で…でも、多分その術は人を狂わせるのではないかと。だから効果を抑えて…その…『ちょっぴり』にして使うのかと。」
老人は満足げに頷いた。
「半分あたりで半分ハズレじゃ。この術の効果を抑えているのは使っている薬がそもそも弱いせいじゃ。普段、皆が飲んでいる茶なら何でもこの術に使える。」
ボブはこの世界にもお茶のようなものがあるのは知っていたが、原料はボブの知っているハッパではなく乾燥した野草の類の根っこだ。
「そして、ご指摘どおり、強い薬でこの術を使えば眠らず戦う兵士を作れる。術に失敗すれば精神の働きは失われてしまう。極めて危険な術じゃ。」
老人はそう言いながら引き出しから乾燥したキノコを取り出した。
「グリーンワンドが表向き禁止されとる理由じゃ。睡眠の術も失敗すれば一生目覚めぬ。聞いたぞ?ボブさんは魔族を一網打尽に眠らせたそうじゃな?」
ボブは自分から血の気が引く音が聴こえたような気がした。
「すいません!」
老人は笑った。
「いやいや、精密に制御できないと危険だから禁じておる。聞いたところボブさんはその辺の技能に長けておるようだ。グリーンワンドを見せてみなさい。…ほれ、見せて。」
ボブは急いでワンドを取り出すと老人に手渡した。
「ほうほう、丁寧じゃのう…」
老人は慈しむようにボブのワンドを眺め回した。




