革磨き
薬屋ギルドには来訪者のための宿泊スペースがしっかりと整備されていた。粗末だが頑丈そうな2段ベッドが4台入った部屋で、ベッドと荷物を置く棚は対になっている。ボブはシーナに促されるままに荷物を置いた。
「キミのおじいさんって偉い人?」
ボブはなんだか聞いてはいけないことのように感じながら質問した。
「先代の薬屋グランドギルドマスターで、今の薬屋グランドギルドマスターは私の母。グランドギルドマスターは全部のギルドマスターのトップ。そして私の父はカウンスのギルドマスター。世襲は嫌い。」
「ああ、そう…」
ボブはどんな顔をしていいのか分からずに居たが、シーナはボブの様子を見て励ますように言った。
「でも、爺さんは凄い人だよ。ちゃんとグランドギルドマスターになった人。」
シーナは兄がいて、その兄が次のギルドマスターになるのだろうと言いながら荷物を整理したり靴を磨いたりした。ボブも倣ってそのようにする。この世界に来て知ったが、革は湿度に弱いし、汚れにも弱い。見よう見まねでホコリを拭ったり、脂を塗ったりする。
「ボブもずいぶん上手に磨くようになったね。」
「え、そう?」
ボブは素直に嬉しかった。生まれた世界から持ってきた服も靴も今回の転生の時に失われてしまった。こうやって褒められるとこの世界の住人になったようで嬉しい。
「こう、皮の向きにそって、しっかり塗りこむとボロボロになりにくい。」
シーナが横から手を出す。ボブもそれを真似する。今はいている靴は先の転生の前に、買い揃えた装備の一つだ。大半の装備は失われたが身につけていたものは残った。ボブはこの靴を履いて歩んだ道のりを思い出した。これで魔族の居城まで踏み込んだのだ。
「どうした?」
シーナの問いかけにボブは最初の転生から、死んで再転生するところまでかいつまんで話した。
「大魔術師ジャン。なんで今度は薬屋になろうとしたの?」
ボブは真正直に答える気にはなれなかった。しかし、ウソを言う気にもなれない。
「戦うのが辛くなって。」
嘘ではない。シーナは納得したようだ。
「まあ、そりゃそうだよね。でも魔族と人間の争いはどうするの?ボブがどうにかしなきゃいけない話じゃないけど、ボブは転生者だし、本気でいけば魔族を滅ぼせるんでしょ?」
ボブは首をひねった。
「強がるわけじゃないんだけれど、あの時にボクともう一人のタカシとが見た世界が魔族の全てだったら、油断しなければ、多分、二人で滅ぼせたんだと思うんだ。」
「なんで油断したの?」
ボブは言葉を選んだ。
「人間そっくりだったんだ。子供も女性もいた。」
シーナは深いため息をついた。
「そりゃあ無理だわ。ボクもそんな魔族がいるなんて知らなかった。フワフワゴブリンぐらいしか見なかったもん。」
「なんか高位の魔族になると人間ぽくなってくなあ…ぐらいには思ってたけど。」
部屋の外で「お帰りなさいませ」と誰かが言うのが聞こえる。恐らく受付の男性だろう。
「爺さん帰ってきたかな。」
靴を履いて立ち上がるシーナにボブは続いた。




