7月20日(火) 今度こそ、答えを出そう
「はぁ」
柊は自室で、今日何度目かも分からぬため息をついていた。自分の進むべき道を見失ってしまった彼は、スマホを適当にスクロールさせては何も頭に入らないことに気づき、投げ捨てることを繰り返していた。柊の知りたいことをスマホにどれだけ訊ねたところで、きっと答えは得られない。
――案外、勘違いじゃなかったりして、ね。
薫子は間違いなくそう言った。鈍感と言われることはあっても、決して難聴ではない柊は、薫子の囁きを自信をもって聞き取っていた。彼女の言葉をありのままに受け取るならば、薫子は柊のことが好きだということになる。
とすれば、柊が再び薫子を呼び出して告白すれば、薫子がそれを受け入れて万事解決、めでたしめでたし、至極簡単な話だ。
なのに、足がすくんでその一歩が踏み出せない。それはきっと、一度告白して振られたという事実が厳然と立ち塞がっているせいだ。薫子と仲良くなったときも、告白したときも、柊なりに悩み抜き、全力を尽くした。だからこそ、今回の失恋は、予期していたよりもはるかに柊の心を傷つけていた。
結局のところ、本気で挑んだのに届かないという経験を、柊は味わったことがなかったのだ。初めての挫折を経て、柊の足はすくみきってしまっていた。
そして、傷ついた柊を一途にフォローしてくれた梨紗や、険悪な雰囲気の中的確に対処してくれた椿。彼女たちにも、好意とはいかずとも好感を少なからず抱いてしまったことも、否定できなかった。
――どうすればいいのだろうか?
選択肢ははっきり目に見えている。そして、そのどれ一つとして間違いではない。どれを選んでも幸せになれる、イージー極まりない選択問題。だがそれは、柊にとって、最大の難問だった。
この問題は、即座に次の問題に帰着する。
――自分はどうしたいのだろうか?
そんなことを真面目に考えたことがあっただろうか。中学の部活は消去法で決めた。高校は偏差値で決めた。柊がこれまで考えてきたのは「どれが優れているか」「何が周りから評価されるか」であって、「何がしたいか」なんて気にも留めなかった。
――薫子と付き合って、どうしたい?
そんなことにも答えられない自分が、中身のない、軽薄な人間に思えて仕方ない。手をつないで歩きたい。抱きしめたい、キスしたい。もっと先まで進みたい。それはどれも間違っていなくて、だけど本質ではないような気がした。
――梨紗や椿じゃだめなのか?
だめなんだよ、と説得力を持って言えない自分が情けない。妥協で付き合うなんてダメだ、と世の人は言う。一方で現実を見ろ、身の程を弁えろと言う人もいる。一体どうしろというのだろうか。
いや、そもそも「世の人は」なんて考えること自体、決める責任を放棄していることに他ならないのかもしれない。
『私っていろいろな理由付けてさ、結局勝負から逃げてるだけかも知れないなって思ったの』
そう言ってくれた椿の気持ちを、「世間」を盾にして踏みにじるのか。
――じゃあ、結局自分はどうしたいのか?
一巡した思索は再びここへ帰ってくる。椿も梨紗も、あれだけはっきりと言葉にしてくれたのに、柊は自分の意志を言葉にすることができていない。自分がどうしたいかなんて、分からない。
――だけど、それでも
そうやって「自分」のことがよく分かりもしないまま、分かった振りをして、告白して振られて、今度は梨紗とデートして。結果的に、周りの人たちを皆傷つけた。
『お前のやりたいようにやればいい。それが、勇気を持って告白してくれた子への、最低限の礼儀だと思う』
昂輝にかけられた言葉は、一言一句違わず覚えている。だがその意味を、柊はここにくるまで理解できていなかった。
――今度こそ、答えを出そう
「意志」の不在は、軽佻浮薄さは、確かに人を傷つける。それを、この数日で痛感した。だから、はっきりさせよう、答えを出そう。そうでなければ、前には進めない。ぐるぐるといつまでも、ハムスターのように同じ場所を回っていても、仕方がない。
他人を傷つけるというのなら、意志を持って。責任を持って、覚悟を持って。流されるのも、よく分からないまま傷つけるのも、終わりにしよう。
1人で考えなくて埒が空かないなら、他人に頼ってみる。それもまた、ここ最近で皆に教えてもらったことなのだから。





