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7月 6日(火) しっかり当たっておいで。後悔残さないように

 携帯のアラームで目を覚ます。なんとなくスマホを見ると、通知が2件。


『そか』

『頑張れ』


 詳しいことを聞いてこないのは、柊の心情なんてお見通し、ということなのだろうか。


『頑張るよ』

『テスト終わった後にね』


 それから、テストに向かう梨紗にも連絡を入れやらないと、後で拗ねそうだ。


『テスト頑張れよ』

『一生懸命勉強してた梨紗なら大丈夫だと思うけど、ケアレスミスには気をつけて』


 それだけ済ませると、柊は朝食をとりにリビングへ向かった。





「おはよう」


「おはよう、お兄ちゃん。元気になった?」


 なるべく元気なように取り繕っていたのに、6つも下の妹にすらあっさりと看破されていたのが少し悔しい。


「何、兄ちゃん風邪引いてたの?」


 楓の兄譲りの鈍感さにほっとする。とりあえず梓を安心させるため、にっこりと笑って見せた。


「大丈夫だよ、ちょっと疲れただけ。今日は元気に見えるでしょ?」


「うん、元気に見える!」


「心配してくれてありがとな」


 頭をくしゃりと撫でてやると、梓の口元がにへっと音を立てて歪んだ。





「おはよ」


 教室に入った柊は、隣の席の友人に声をかける。


「おはよう柊。吹っ切れた顔してるな」


 昂輝が柊をちらりと一瞥してにやりと笑う。


「そうだね。おかげさまで。昨日は迷惑かけたな」


「たいしたことじゃない。俺の勉強時間が削られて少し成績が下がるだけの話だ」


「それ割と大した話だからな。あとできっちり勉強見てやるから」


「お、お手柔らかに頼むわ……」


「どーーん!」


 溌剌とした、無駄に透明感のある声と共に背中が押される。


「椿もおはよう。いろいろとありがとな」


「べ、別に柊のためじゃないんだからねっ! 親友に生半可な気持ちで向き合われるのが許せなかっただけなんだからっ!」


「はいはいツンデレ可愛い。弐号機パイロット目指してみたら?」


「サブタイトルは "Tsubaki Strikes!" か。ぴったりだな」


「ちょっと柊くんいきなり余裕出過ぎじゃないですか?」


 柊をからかうつもりが逆に連携ぴったりの2人にやり込められ、目を白黒させる椿。しかし、一瞬感じたその連帯感は、次の瞬間、他ならぬ親友の裏切りによって、あっさりと壊されるのだった。


「流石、彼女持ちは余裕が違うよな」


「おい、なんの話だよ。俺まだ彼女持ちじゃねえから」


「ほう」


 椿の眼が猛禽類のように鋭く光る。


「『まだ』彼女持ちじゃない、と。なかなか自信がおありのようで」


「別にそういんじゃなくて、ちょっとした言葉の綾だよ」


「ふふっじゃあそういうことにして……」


 くだらない会話は、薫子が教室に入ってきたことで途切れた。昨日の今日で気まずいが、勇気を振り絞って目を合わせ、笑いかけてみる。そうすると、薫子も少しびっくりした様子ながらも、満面の笑みを返してくる。


「可愛い……」


 思わず漏らした呟きは、近くの2人にばっちりと聞かれていたようで、やれやれ、とでも言いたげに顔を見合わせていた。


「まあ、頑張んなさいよ。私、失恋した友だちのフォローだけは上手ってよく言われるから、当てにしといてくれていいよ」


 それだけ言って笑いかけると、椿は薫子の方へと突撃していった。


「元気だよなぁ」


「若いって良いなぁ」


 残された2人は、いつもの会話を繰り返すのだった。




 その日、変わったことといえば。放課後数人の生徒が自習している中、薫子が堂々と数学の質問をしにきた。柊と普通にしゃべっている意外さからか、軽くざわめきが広がるものの、歯牙にもかける様子がない。多少の優越感がないこともなかった。


 昨日の電話の件で、嫌われたり避けられたりするかと危惧していたが、特にそのような様子が見られず、胸をなで下ろす。ただ、むしろ前より距離が詰まっていたり、笑顔を向けてくることが増えた気がして、かえって少し困惑してしまう。


 多少なりとも脈はある、と見て良いのだろうか。上手くいかない可能性が大きいことを頭では理解しつつ、どうしても期待が膨れ上がってしまうのが、抑えきれない。頭の中が悶々として、勉強が手につかない。まさか彼女は元からそれを狙っているのだろうか。


 待て、慌てるな、これは薫子の罠だ。これで試験に集中できなくなってしまうようでは、彼女の術中にはまってしまう。そう自分に言い聞かせ、机に向き合った。





 その日も、3人で職員室に鍵を返しに行き、一緒に帰る。椿は気を利かせて帰ろうとしていたが、流石に姫川と2人でいるのは気まずく、アイコンタクトで助けを求めて残ってもらった。


 因みに2人のアイコンタクトに目ざとく気づいた薫子は、柊の隣で拗ねて頬を膨らませている。可愛いので放置していると、薫子がむすっとしたまま口を開く。


「最近柊くんと椿ちゃん仲良いよね。なんだか名前も似てるし」


 思わずたじろいでしまう柊とは違い、椿は動揺する素振りも見せない。


「ふふっ。嫉妬してるの? どっちに妬いてるのかなー?」


 そう言いながら、意味も無く薫子に抱きついて、耳元で囁く。


「私の一番の親友はかおるんだから大丈夫だよ!」


「分かった、暑い、暑いから椿ちゃん」


 もう黄昏時とはいえ、7月のこの暑さで思い切り抱きつかれたら、確かにたまらないだろうな、と思いつつ、2人の様子を眺める。


「あー、柊が嫌らしい目でこっち見てる。駄目だ、うちのかおるんはお前みたいなやつにはやらん!」


 応援と協力してくれるんじゃなかったのかよ、と苦笑を浮かべつつも、椿が雰囲気を和ませようとしてくれているのが伝わってきて、ありがたかった。





「で、いつ告んの」


 姫川と別れた後、電車の中で当然のように聞かれる。


「試験最終日」


「そっか」


 数秒の沈黙の後、柊の方から口を開く。


「振られたら遠足気まずくなっちゃうなって思ったんだけど。でも、早く済ませちゃいたくて」


 謝罪を述べる柊に、ふふっ、といつもの笑みをこぼす椿。


「気にしないで、その辺のフォローは任せてよ。まずはしっかり当たっておいで。後悔残さないように」


「うん、ありがとう」


 再び、沈黙。それを振り払うように、今度は椿の話を振ってみた。


「そっちは、好きな人いたりしないの?」


 椿は意表を突かれたように一瞬目を見開くが、すぐに元の柔和な表情に戻った。


「ほら、私は自分のことより、他人の恋愛に口出す方が好きだから」


「それも性質(たち)悪いよな」


「ふふっ。だからかおるんに振られたからって私に狙い変えても無駄だよ」


「だからなんで振られる前提なんだよ。てか、俺そんな節操なしじゃないし」


「そういうこと言ってるやつに限って、いきなり告ってきたりするんだよ」


「実感込めて語るのやめろ」


「えー」


 やはり、彼女と話しているといくら話しても話題が尽きない。今日も最寄り駅に着くまで延々と話は続いた。

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