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7月 3日(土) 期末試験1週間前

 朝、教室に入った途端、空気の違いに気づく。昨日は担任が入ってくるまで世間話に興じていたクラスメイトたちが、単語帳や授業のプリントを見つつ勉強していたり、お互いに問題を出し合ったりしている。何せ、今日で試験1週間前なのだ。部活も今日から休みになるため、柊とは違い部活に所属している多くの生徒は、今日から試験勉強を始める気満々だったのだ。





「浅宮、おはよう」


 席に着くが早いか、クラスメイトの男子に話しかけられる。その手に握られているのは数学の問題集。


「おはよう、藤田。分かんないところあった?」


「そう、ここの問題なんだけど」


 聞かれた問題の解き方を説明していると、その後ろで別の女子がそわそわしながらこちらを見ていることに気づいた。物理の参考書を持っているので、柊に質問しようとしていることは分かったが、生憎と柊は数学と物理を同時に教えるような器用なことはできない。


 待っていてもらうか、と思った矢先、解決法に思い当たる。藤田に方針だけ教え、計算させている間に、彼女に話しかけた。


「川村さん、何か質問?」


「うん、でも今藤田くんに教えてるんだよね。大丈夫?」


「何が分からないかにもよるかな。とりあえず見せてもらえる?」


「えっと、この参考書のこの部分なんだけど……」


 案の定、説明に時間がかかりそうで、藤田と同時並行では教えられそうにない。


「そしたら、姫川に聞いてみたら?」


「え、薫子ちゃんって物理得意じゃないよね?」


「得意じゃないって言っても前回学年2位だしな。それにさっきの話はこの間姫川に聞かれて答えたから、分かるんじゃないかな」


「あ、そうなんだ。じゃあ薫子ちゃんに聞いてみる。ありがとう!」


 そう言って川村は姫川の方へ意気揚々と向かう。やれやれ、と藤田の方に顔を戻せば


「お前姫川さんと会話してもらえるの?」


「いいから計算しろよ。そこの展開間違ってるよ」


 どうしてうちのクラスの男子はこうなのか、と内心でため息をつきながら藤田をどつく。そんなんだから口もきいてもらえないんだよ、と言わないだけの分別はさすがに持っていた。





 藤田に説明を終えて、ほっと一息ついていると、先ほど里子に出したはずの川村が帰ってきた。


「浅宮くん、やっぱりここ教えてもらえる?」


「もちろん大丈夫だけど。姫川さんも分からなかった?」


「いや、本人は分かってるみたいなんだけど、かおるこちゃんの言ってることが私に理解出来なくて……」


 申し訳なさそうな顔をしてそう話す川村。ちらりと姫川の方を見れば、なで肩が普段よりさらに落ち、全身から陰鬱なオーラが発生していた。


 姫川のためにもなるから、と打った手が裏目に出たことを申し訳なく思いつつ、とりあえず川村の相手をすることにした。姫川にはHR前に


『はじめはそんなもんだから気にすんな』


 と送ってみたが、既読がついただけで返信は無かった。





 放課後、教室には10人ほどの生徒が残る。すぐに、分からないところを柊に聞こうと生徒の列ができていた。その中には、分からないポイントがはっきりしている人もいれば、「何も分からない」「何が分からないのか分からない」と平然と言い放つ人もいて、なかなかに混沌としていた。


 結局、進めるはずだった問題集には手をつけられないまま、14時を過ぎる。そろそろ帰らなくてはいけない時間だ。


「なんだ、浅宮もう帰るのか」


 クラスメイトの1人が残念そうに声をかけてくる。


「ごめんね、今日は用事があって……。また月曜日ね」


 そういって荷物を片付けていると、女子の話し声が聞こえてきた。


「かおるん、今日家の用事で早く帰らなきゃって言ってなかった?」


「え? 何の……あ、うん、そうなんだよ。家の用事があるから早く帰らなきゃー。あ、今から帰るって家に連絡しないといけないんだったー」


 姫川が酷い棒読みで村田と良い勝負の説明台詞を口にしたのと同時に、柊のスマホが震えた。メッセージをちらりと確認してから教室を出る。昇降口で靴を履き替え、壁にもたれて待っていると、ぱたぱたと音を立てて彼女たちが降りてきた。


「ごめんね、待たせちゃって」


「柊、お待たせ」


「大丈夫、今来たところだよ」


「教室出たタイミングばれてるんだから、今それ言っても仕方なくない?」


「確かに一理あるな」


 椿のツッコミは相変わらず安定感がある。


「早く帰らなきゃいけない用事ってなんなの? 柊くんがテストより大切にするって珍しいよね」


「ああ、近所の中学生の家庭教師してるんだ。なかなかに時給が良くて」


「家庭教師……?」


 柊の返答に俄然興味を持った様子の椿に先んじて、姫川が口を開く。


「それ、どこの女の子?」


 射貫くような鋭い眼差しが、ごまかしは許さない、という雰囲気を感じさせる。


「どこのって。中学の部活の後輩」


 答えてから、姫川の高度な誘導尋問に引っかかったことに気づくが、もう手遅れだ。椿のきらきらとした目に狙いをつけられた柊は、もはや俎上の鯉に過ぎない。


「女の子なんだぁ。1コ下の後輩と、2人きりの個別授業。そこで育まれる禁断の……」


「椿、ストップ! 何も育まれないから。育むのは梨紗の学力くらいだから」


「へえ、梨紗ちゃんって名前なんだ。可愛い名前だね」


「くそっ。なんて巧妙な誘導尋問なんだ……」


「いや、柊が勝手に自滅してるだけじゃん」


「ずるい……」


 椿のやかましさを切り裂くように、姫川がぽつんと声を漏らす。


「へ……?」


 意味が分からず、首をかしげる柊に、姫川が決壊したダムのように一気にまくしたてる。


「私は最近一緒に帰るときくらいしか話す時間ないのに、その梨紗ちゃんって子はこれから何時間も柊くんのこと独り占めにするんでしょ。だいたい、椿ちゃんもその子も名前呼びなのに、なんで私は姫川なの? 柊くんも薫子って呼んで良いよって前に言ったよね?」


 気づかないうちに柊の方へ近寄って来ていた姫川は、きっと柊のことを睨みつける。しかし、10センチ以上の身長差もあって、必然的に若干の上目遣いになっている。その上、目の端には涙が浮かんでいるのだから、「可愛い」以外の感想が生まれて来ようはずもない。


「ご、ごめん薫子。だけど、試験終わったら遠足だし、そこでたくさん話せるからさ」


「うん」


「だから、あと1週間我慢しよう。呼び方は薫子って呼ぶことにするし」


「うん」


「そんな気持ちにさせてたなんて思ってなかった。ごめんね」


「うん」


 まだうつむき気味の姫川を援護するように、椿が声をかけてくる。


「どうせ明日2人とも暇なんでしょ。私の家おいでよ。勉強会しよう」


「え、明日は……」


「なに、何か用事があるの?」


 遮るような有無を言わせぬ口調に、椿の言わんとすることを察する。


「いや、たいしたことじゃないから大丈夫。姫川も大丈夫かな」


「……」


 返事がないことを不思議に思って隣を見ると、口を尖らせてそっぽを向く横顔が目に入る。そこで、自分が早速失態を演じたことに気づいた。


「薫子も大丈夫かな?」


「うん、3人で勉強会だね! 何時にどこ集合にしようか」


「それはまたあとで連絡する」


「おっけー」


 分かりやすく明るい表情になった姫川と、改札で別れる。そこから20分ほどの間、柊は女心についてと、相手の気持ちを考えることの大切さについて、こんこんと講義を受けさせられるのであった。





 家に着いた後、手早く着替えて天利家に向かう。


「先輩、今日ちょっと疲れてません?」


 やたらと察しの良い後輩は、開口一番にそんなことを聞いてくる。


「ちょっといろいろあってね」


「姫川さんがらみですか?」


「名前なんてよく覚えてんな」


「てことはそうなんですね。はぁ、先輩も恋の悩みを抱えるようなお年頃なんですね」


「なんで上から目線。てか、恋の悩みとはちょっと違うんだが……。まあ、聞きたきゃ休憩時間の時にでも話すよ」


「じゃあ、しっかり聞かせてもらいますね。えっと、質問したいのは、まず理科なんですけど……」


 いつも通り、見事な切り替えと集中力を発揮する梨紗。試験3日前ということもあり、一段と気合いが入っているようだ。


 そしてその切り替えは、当然休憩時間にも発揮される。


「さて、今日先輩の身に何があったか、私が聞いて差し上げましょう」


 パタンと閉じたワークを隣に避けて、興味津々といった様子で柊の方へ身を寄せる。


「別にたいしたことじゃないからな。期待するなよ」


 そう前置きして、今日の帰り道の出来事について語り始める。


「あの、先輩」


「何だ、梨紗」


「普通に考えて、彼女でもないのにそんなあからさまに嫉妬って割とやばいと思うんですが。本当にその人でいいんですか?」


「いや、まあ……」


「あ、もしかして、そんなところも可愛い! とか言っちゃう感じですか?」


「いや、そこまでは言わないけど、まあ」


「多少は思ってるわけですね?」


 梨紗の容赦ない指摘に、ぐうの音も出ない。


「いいですか」


 机をばん、と叩きながら熱弁を振るう


「前も言いましたけど、先輩はそういう甘やかされ慣れたお姫様と付き合ったら、尽くしすぎて鬱になりますよ。もっと他にも、良い女の子いると思いますけど? 先輩のことを心配してくれたり、悩んでたら話聞いてもらえたり。そういう健気な女の子いませんか?」


 梨紗の言葉に、知り合いの女子の顔を思い浮かべるが、思い当たるふしはない。


「ああもう! ていうか、先輩は姫川さんのどんなとこが良くて好きになったんですか?」


 なぜか怒ったような顔で詰問してくる。


「どんなとこって言われてもなぁ……」


「顔ですか?」


「いや、てかそもそも別に俺あいつのこと好きとかじゃないし?」


「……先輩まだ言ってたんですかそれ」


 梨紗の白けた視線をスルーして、勉強を再開させる。





 結局、自分は姫川のどこが好きなのか。明確に答えることが出来なかったことには、気づかなかった振りをした。

 シンG先生が本作のために、わざわざバナーを作ってくださいました。せっかく頂いたものですし、たくさんの方にご覧いただきたいので、ランキングタグに設置しておきます。本来の使い方とは異なるんでしょうが……

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