乗せられているとは気づかずに
「優雅な時間ができたわね」
僕らはコンビニのイートインでコーヒーを飲んでいた。
「まさか午後の講義がインフルエンザで休校になるとは」
「この時期だから仕方ないのではないかしら?」
「確かに。テレビでもよく報道しているし、小学校のときも流行していたな」
僕がコーヒーに口をつけようとすると、彼女は飲みかけのコーヒーをテーブルの上に置いた。
「さて」
僕はゆっくりコップを机の上に置いた。始まりの予感を感じたからだ。
「そもそも、メディアが流行という言葉を使うときには『女子高生の間では』や『若者の間で』という決まり文句をつけていることが多いわよね」
「そうだね、そんな風に聞くことが多い」
「でも、年老いた人たちの流行は取り上げないわよね」
「そのような方の中に『流行』ってあるのか?」
「もしかしたら、私たちの知らないうちにゲートボールのスティックが進化しているかもしれないし、巣鴨に新名所ができたかもしれない。もしかしたら、最新の入れ歯の人気には隠れた技術があるかもしれないわ」
僕は少しその番組が見たくなった。どこかで密着取材でもやってくれないだろうか。
「でも、それを朝やゴールデンタイムと呼ばれる時間帯にはほとんど放送されない。それは、番組のコンセプトにも関わってくることでもあるから仕方ないと割り切れるわ」
「ふむふむ」
「今の話の中で気づかないかしら? メディアにとって『流行』という言葉は前向きな表現なのよ」
「ああ、確かにそうだ」
「話は最初に戻すわ。そして、そのメディアがインフルエンザに対して、どんな言葉を放送しているのか」
僕は思わず「ああ」と声を出してしまった。
「そうよ! 『流行』という言葉をインフルエンザにつけているのよ!」
「本当だ」
「メディアはそういうところの言葉の使い方を考えないといけないわ! 病気になったからって仲間外れにされるわけでもない」
「確かにな」
「『流行』と言うからどこか油断してしまうのよ! 『蔓延』や『感染』、もしくは『IEP』でもいいじゃない!」
「『IEP』って?」
「インフルエンザ・パンデミック」
いやいや、さも当然のように言われても。こちらとしては初耳で意味が分からないぞ。
「それで、午後はどうする? それぞれ家でのんびりするか?」
「何を言っているの? ここに行くに決まってるじゃない」
彼女はカバンから見覚えのある、カラフルな印刷が施されたパンフレットを取り出した。
「ここって、いつも人が多くいるテーマパークじゃないか!」
「この時期、特にイベントはやってないから人は少ないはずよ」
「いやいや。ここはいつも人混みがすごいはずだ。それに、この時期に行けば変な病気もらいやすいぞ」
「平日の午後よ。ぐちゃぐちゃになるぐらいに人がいるとは思えない。それに変な病気なんてうつされないから大丈夫よ」
「どこにそんな自信が?」
「流行に乗る気のない私たちが、そのような病気にかかるとは到底思えない」
僕まで一緒にしてほしくはなかったが、確かに一理あるなと思い、僕らはコンビニを後にした。
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